第6章:振り向けば、ジャンケット(7)

「現金の申告はしてきたのかな」

 日本出国の際には100万円から、マカオ入国の際には12万HKD(=180万円)から、カスタムでの申告が必要だった。

「日本出国の際は、いつものように無申告だったそうです。まず検査されないし、見つかっても、『次からお願いします』と言われるだけなんですって。マカオでは申告の必要なんかないだろう、って」

 たしかにマカオでは、現金持ち込みに申告の義務はなかった。

 おそらく北京政府の「反腐敗政策」の一環だったのだろうが、その規則がかわったのが、昨年(2017年)である。

 それまでは、キャリーケースを人民元で満杯にした「田舎のおっさん・おばちゃん」風の者が、よくカジノに現れたものだ。おそらく開発で都市近郊の耕作権をデヴェロッパーに売っ払った農家の人たちだったのだろう、と良平は推察する。

 昨年11月に規則が変わってからも、マカオでは、税関も慣れないゆえか、現金持ち込みの申告をしようとすると、かえって職員たちに面倒がれたりした。

「今回は、『天馬會』でいいのですね?」

 優子が訊いた。

「他にしたいの」

「いえ、わたしはシステムがよく呑み込めていないので、社長が決めてください」

「社長じゃない、って」

「すいません。良平さんが決めてください」

 都関良平は、マカオでの就労ヴィザの必要上、カジノを監督する澳門博彩監察協調局からジャンケット業者としてのライセンスを得ていた。

 しかし「三宝商会」は、良平と優子二人だけの、実質的な「個人営業」のジャンケット業者である。カジノのフロアに自前のケイジ(会計部につながるキャッシャー)をもっているわけではなかった。

 では、どうやって「ローリング」の管理や、コミッションの精算をおこなうのか?

 簡単なのである。

 ケイジをもつ大手ジャンケット業者の口座を借りるのだ。

 マカオでは、このケイジをもつ大手ジャンケット業者のことを、通称「部屋持ち」と呼んでいる。

 そして「部屋持ち」たちは、その名のとおり、普通は大手カジノでは専用の小部屋に分かれているのだが、このハウスの設定は独特で、「部屋持ち」業者数社が5Fの大部屋に同居していた。

 マカオで大手カジノハウスと「部屋持ち」ジャンケット業者との契約は一律ではない。

 その力関係によって、契約内容も変わった。

 たとえば業界最大手の「太陽城集団」などは、「売り上げ」折半の契約(正確には、ハウス55%:業者45%)となることが多いのだが、必ずしもそれが他業者との契約におけるスタンダードとはならない。

 カジノ業界での「売り上げ」とは、ドロップ(=バイイン)・マイナス・ペイアウト、つまり「粗利」を指す。

「じゃ、天馬會でいこう。今月はまだここを使っていないので、付き合いもあることだし」

 良平が決めた。

「ありがたいです。天馬會にはジャッキーくんが居ます。マカオに着いたばかりで、右も左もわからなかった時、彼がいろいろと助けてくれました。親切なだけじゃなくて、北京語も上手だし」

 優子が安堵の表情を見せる。

 マカオには、広東語と北京語のバイリンガルな人たちが多い。

 それだけではなくて、学校教育がしっかりしているからなのだろうが、若者たちが相手なら、英語でのコミュニケーションもできた。

(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。