『日本という物語』をどう伝えるか【第1回】――家族、学校、会社というそれぞれの物語

祖父母、両親、子供――ここに「家族という物語」がある

 次代を担う日本の子供たちに自国の歴史を教えることは、本来ならば難しいことではないはずです。「日本という物語」を、歴史的事実に基づき「温かい眼差し」で語っていけばいいわけですから。

 しかし、わが国ではこれを難しくしている要因がいくつかあります。その点については、この連載で追々、説明していきます。

 さて、家族、学校、会社のそれぞれの物語から話を始めましょう。

 家族には、「家族という物語」があります。父や母から、祖父母の話を聞いたり、自分自身の幼少のころの思い出話を聞いた少年や少女は、その話を心の糧(かて)として成長し、成人していきます。自分が家族の一員であると心に留めておければ、人生において何か岐路に立った時、大きく道を踏み外すことはないのではないかと思います。

 学校にも、「学校という物語」があります。例えばクラブ活動などにおいて先輩たちが築いてきた汗と涙の歴史があるとすると、苦しい試合展開になった時にそれを思い出し、困難を克服する原動力になるかも知れません。

 会社にも、「会社という物語」があります。会社によっては、創業30年史、50年史、100年史……といった社史を発行しているところがあります。そうした社史を読んだり、社史がない場合でも、上司や先輩から先人がいかに苦労して会社を成長させてきたかの話を聞き、自分も会社の一員としてその企業を大きくしたい、あるいは仕事を通して社会に貢献したいと思う人も多くいるでしょう。

物語が理解できれば、自分の立ち位置、居場所が分かる


 家族、学校、会社という物語がうまく伝わっている組織では、「自分の立ち位置」ともいうべき居場所がはっきりすると思います。逆に、物語が伝わっていない組織では、「自分とは何者なのか?」「家族とは?」「学校とは?」「会社とは?」という自問自答の問いかけが多くなるような気がします。

 また、自分が帰属している組織を包んでいる雰囲気という観点からいえば、家族ならば家風、学校ならば校風、会社ならば社風という言葉があります。家風、校風、社風などというと、いささか古めかしいイメージがありますが、封建的ではない自由闊達な良い家風、校風、社風に包まれている人々は、自らの立ち位置、つまり居場所を見出し、安定感をもってその場で大いに活躍できる可能性を持っているといえるでしょう。

 家族、学校、会社という物語は、人間が織りなすことですから、すべて美談というわけにはいきません。例えば会社の物語ならば、業績をアップさせるために無理な方策をとり、公正取引委員会から摘発を受けた類(たぐい)の事件があったりします。

 その事件を、「法令違反でけしからん」と一方的に糾弾するのではなく、当時の関係者がどのような思いでその事件を起こしたかを「温かい眼差し」で語り、その事実は事実として後世に伝え、教訓としていくことが大事になります。(2に続く)

(文責・育鵬社編集部M)

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