カネで読み解くビジネスマンのための歴史講座「第18講・中国と日本、通貨の戦争 ③」

蒋介石

蒋介石

日中戦争

 日中戦争において、蒋介石率いる国民党政府軍は安定した法幣「元」を有していたため、円滑な軍事物資の調達が可能でした。日本軍の攻勢は物理的に持続不可能であることを見抜いていた蒋介石は長期戦の構えをとりました。蒋介石は以下のように言っています。 「もし日本との戦いが『元』誕生より前に発生したならば、中国は早く敗れ、或いは既に恥を忍んで和平を求めていたかも知れない。現在は幸いにして『元』が存在し、これによって極めて厳しい局面でも長期戦の基礎を固めることが出来る。」

偽造通貨による謀略攻勢

 日本の陸軍省と参謀本部は蒋介石の国民党政府軍に打撃を与えるため、法幣「元」の偽札を大量に製造し、中国各地に撒きます。法幣の偽造工場が作られ、1941年から本格的に量産が開始されました。日本軍は中国において、偽札で金・銀、食糧などを購入しました。偽札は瞬く間に中国全土に拡がり、法幣の価値は毀損されて、ハイパーインフレーションに陥ります。日本の謀略は成功しました。  日本の偽造通貨による謀略攻勢で、中国経済は大混乱に陥り、一気に民心が蒋介石の国民党から離れていきます。国民党政府軍は日本軍を排除する力を失い、太平洋戦争におけるアメリカの活躍に期待しながら、日本軍が撤退するのを待つしかありませんでした。  蒋介石は終戦後も、このハイパーインフレーションを収束させることはできませんでした。日本軍の偽札のみならず、国民党政府が戦時中から、法幣を大量発行していたこともハイパーインフレの原因でした。その発行額は、日中戦争開始時の1937年の14億元から、1948年の660億元へと増大を続け、もはや発行制限のコントロールを失っていたのです。

国共内戦における通貨戦争

 国民党政府は1948年、新たに「金元券」を発行し、1金元券=300万元法幣で交換するデノミネーションをおこないますが、既に、国民政府の通貨政策は、人々の信用を失っていました。  一方、毛沢東率いる共産党勢力は地主の土地を没収し、農民に分配する「土地革命」を実行し、農民の支持を拡げていました。共産党は拡大した解放区ごとに、穀物生産を裏付けとした「辺幣」と呼ばれる通貨を発行し、それぞれの解放区で、節度ある財政運営をおこなっていたため、「辺幣」の信用は一定のレベルで保たれていました。  1946年からはじまる国民党と共産党の内戦に対し、アメリカはソ連の脅威への対処を優先するため、両党勢力の和解に尽力しました。そのため、アメリカの国民党軍への財政・軍事支援が積極的になされず、国民党軍は次第に追い込まれていきました。  共産党軍は、各地で国民党軍を破り、国共内戦に勝利し、1949年、毛沢東は中華人民共和国を樹立します。敗れた国民党蒋介石は台湾に逃れます。    しかし、毛沢東もまた、中国統一後、通貨を安定させることができず、インフレを進行させました。1953年、第1次五ヵ年計画によって、社会主義計画経済を導入し、市場経済・貨幣経済を一方的に停止します。 1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。予備校の世界史講師出身。現在は著作家、個人投資家。テレビ、ラジオ、雑誌など各メディアで活躍、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説することに定評がある。最新刊は『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)。
世界史は99%、経済でつくられる

歴史を「カネ=富」の観点から捉えた、実践的な世界史の通史。

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