うわの空で聞いた術前レクチャー[楽しくなければ闘病じゃない:心臓バイパス手術を克服したテレビマンの回想記(第12話)]

手術承諾書にあった「致死」の語に愕然

手術承諾書にあった「致死」の語に愕然

エッ、胸を観音開きに

 入院後一週間、ひととおりの検査を受けてきたが、それが一段落して「15日からバイアスピリンとエパデールの休薬」を申し渡された。この二つの薬はともに血液をサラサラにする薬で、長年お世話になってきた。  この申し渡しを受けてボクは手術を覚悟した。出血を見る恐れのある検査等を前にしたときには、いつもこの薬の休薬を言われる。一端出血したら血が止まらなくなるのである。  そして「16日の土曜日に、心臓外科医長の儀武路雄先生のレクチャーがあるから、家族も同席してほしい」と言われ、連れ合いと弟に来てもらうことにした。  儀武先生のレクチャーは夕方6時半から始まった。 「CT検査で脳や肺はきれいでした。腎臓や肝臓、胃、口腔も問題ありません。糖尿病や不整脈も認められません。貧血に関しては少々気になるところがありますが、手術を妨げるほどではありません。胸を観音開きにして、冠動脈の狭窄部分にバイパスを作るのが最適と判断しました」 「胸を観音開きにする」と聞いたときに一発食らったような気がした。「海背川腹」といった魚でもないのに、胸の観音開きとは……。この時以降先生の話をうわの空で聞いていた。 「手術は5~7時間かかるでしょう。人工呼吸器をつけますが、当日夜には外れます」  先生は心臓の略図絵を示しながら、赤と青のボールペンで病変の位置やどこにバイパスを作るのか説明してくれた。  予定バイパスは3本で、3~4か所の吻合(きちんと合わせること)、使う血管は胸骨の裏側にある内胸動脈2本と、右脚の大伏在静脈1本だと言われたようだ。

致死を意識

 先生は、各種検査では大きな支障はないとしながらも、合併症の可能性について触れた。  それによると、不整脈に関しては1%程度で致死性不整脈が起きることがある、また、大動脈石灰化の部分に△印をつけ、手術危険性のところに1~2%と書き入れた。自分の一生で「致死」という言葉を意識したのはこれが初めてである。  人工心肺も使うとのことで、使用の有無による長短について説明してくれた。「使用」が一般的ではあるが、脳などへの合併症発生率は高いという。しかし、手術が正確丁寧に遂行でき、縫合なども完璧に出来るとのことだ。  あわせて輸血についての説明も受けた。相当の出血が予想されるので、輸血を行わざるを得ないという。輸血用血液は日本赤十字社血液センターのものを使う。  これは感染症に対しても検査済であるが、100%感染(HIV等)がないとはいえないこと、輸血血液のリンパ球がボクの体に障害を与え、つまり拒絶反応(GVHD)が発生して、命に危険を及ぼすことがあることなどの説明もあった。  ただ、慈恵医大病院としては、この点について特に入念にチェックしていると聞いて少し安心した。

全身麻酔にもリスクがある

 全身麻酔についても麻酔医から細かい説明があった。全身麻酔は全身的に痛みを感じなくすることによって手術を上首尾に行うためのものである。  鎮痛、鎮静、不動化(筋弛緩)のための薬が用いられるが、それによって発生する脳出血などの合併症発症の危険があるという。  特に問題なのは術中覚醒ということで、1000人に1人くらいの割合で発生するらしい。麻酔医は手術中はいかに患者を眠らせておくかに集中する。  術前のレクチャーの概略は以上のようなものだったらしい。「らしい」というのはボクはうわの空状況になってしまっていたことで、先生方の繰り出すインパクトのある病名や専門用語に気後れし、半ば呆然としていた。 「大事の前の小事」といえば、まったく正反対の解釈がある。「小事にこだわれ」と「小事にかまうな」である。もちろん、もろもろの準備を小事とは言えない。 しかし、大事の前には「些事にもこだわって」と祈るだけだった。 協力:東京慈恵会医科大学附属病院 【境政郎(さかい・まさお)】 1940年中国大連生まれ。1964年フジテレビジョン入社。1972~80年、商品レポーターとして番組出演。2001年常務取締役、05年エフシージー総合研究所社長、12年同会長、16年同相談役。著者に『テレビショッピング事始め』(扶桑社)、『水野成夫の時代 社会運動の闘士がフジサンケイグループを創るまで』(日本工業新聞社)、『「肥後もっこす」かく戦えり 電通創業者光永星郎と激動期の外相内田康哉の時代』(日本工業新聞社)。
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