カネで読み解くビジネスマンのための歴史講座「第38講・長期金利の異常な低下は終わりのはじまり」

フェリペ2世

フェリペ2世

ハイパーインフレはなぜ起きた? バブルは繰り返すのか? 戦争は儲かるのか? 私たちが学生時代の時に歴史を学ぶ際、歴史をカネと結び付けて考えることはほとんどありませんでした。しかし、「世の中はカネで動く」という原理は今も昔も変わりません。歴史をカネという視点で捉え直す! 著作家の宇山卓栄氏がわかりやすく、解説します。                   

「書類王」フェリペ2世


 アントワープは大きな可能性を秘めた国際都市でした。しかし、その栄華は長くは続きませんでした。シュマルカルデン戦争に敗退したカール5世(カルロス1世)は引退します。

 カール5世(カルロス1世)は神聖ローマ皇帝位を弟に引き継がせ、スペイン王位を子のフェリペ2世に引き継がせます。

 父のカール5世は「遍歴王」と呼ばれるように、広大な神聖ローマ帝国領を移動しながら統治していましたが、フェリペ2世はスペインから離れず、マドリードのエル・エスコリアル宮殿に閉じ籠りました。

 フェリペ2世は「書類王」と呼ばれ、エル・エスコリアル宮殿の執務室で、ひたすら書類に囲まれて、政務を取り仕切りました。

 フェリペは異常なほどの敬虔なカトリック教徒でした。カルヴァン派新教徒の多かったネーデルラント(ベルギー、オランダ)に対し、カトリック政策を強要したため、それに反発したネーデルラントが1568年、独立戦争を起こします。

 フェリペは新教徒を厳しく弾圧します。1576年、新教徒の拠点であったアントワープは、スペイン軍によって略奪・破壊されました。それ以降、新教徒の商工業者はオランダのアムステルダムに逃れます。

 フェリペはスペイン王国の資金源たるアントワープを自らの手で、破壊したのです。いかに宗教的な対立があったとはいえ、自らの資金源を壊すような愚行をなぜ、おこなったのでしょうか。

 一言で言えば、フェリペには「カネ勘定」という感覚が全く無かったのです。書類に囲まれて、緻密な政務を仕切っていたフェリペですが、王国の財務については無頓着でした。

 広大な植民地から上がってくる収益をほとんど把握しておらず、中抜き、闇取引が横行し、それが放置されていたのです。

 驚くべきことですが、王室は植民地開拓に予算を投下するも、植民地から上がってくる収益を貴族や有力商人に横取りされていました。

 ジェイコブ・ソール著『帳簿の世界史』が2015年に邦訳刊行されて、話題となりました。それによると、フェリペは、財務官から、複式簿記を導入して、王国の会計システムを早急に整備するように助言を受けましたが、露骨な不快感を示したようです。

 敬虔なカトリック教徒のフェリペにとって、カネの流れを追うというのは卑しい所業であり、耐えられることではありませんでした。

 このように、フェリペは王室財政を支える資金の出所を把握しておらず、また、関心も示しませんでした。フェリペにとって、有数の商工業都市アントワープは国庫を潤す貴重な財源として映っていたのではなく、不埒な新教徒たちの悪の巣窟と映っていました。フェリペはアントワープを失うことに何の躊躇もなかったのです。

不気味な金利の低迷期間


 フェリペは1557年に破産宣告(国庫支払い停止宣言)をし、債務をその額の5%の年払いとする長期公債に切り替えて、財政を凌ぎました。

 その後も、支払い停止措置を1560年、1575年、1596年に出しています。フェリペの時代の王室財政は既に持続不可能な状態に陥っていたのです。

 アントワープが破壊されて、商工業の中心がアムステルダムに移り、オランダがスペインから独立をして、覇を唱えます。1588年、スペインはアルマダ海戦でイギリスに敗退します。

 ドイツで起こった三十年戦争(1618~48年)で、スペインがカトリック旧教徒を支援したのに対して、オランダは新教徒を支援し、それぞれ出兵します。この戦争の後半で、フランスが参戦し、スペインや神聖ローマ帝国が追い込まれ、敗戦が濃厚になると、いよいよ、スペインの命運が尽きはじめます。

 スペインと命運をともにしたジェノヴァ債も、もはやその安定性を失っていきます。ジェノヴァ債金利は1619年に1.125%に到達して底打ちし、スペインの敗戦の可能性が高まることと並行して、5.50%まで上昇していきます。

 1.125%という異常な数字は、既に収益を生まなくなっていた金融センターの終わりのはじまりであったのです。恐慌の発生、金融危機などによって、長期金利が上昇する前に、「嵐の前の静けさ」ともいうべき、不気味な金利の低迷期間が必ずと言ってよいほど、続きます。

 こうして、16世紀に世界経済を動かしたジェノヴァ・システムはアムステルダムやロンドンなどの新しい金融センターに侵食されていき、スペインとジェノヴァの富は流出していきました。

 1581年以来、スペインに従属していたポルトガルはスペインに見切りを付けて、反乱を起こし、1640年、分離独立しました。

【宇山卓栄(うやま・たくえい)】
1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。予備校の世界史講師出身。現在は著作家、個人投資家。テレビ、ラジオ、雑誌など各メディアで活躍、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説することに定評がある。著書には『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)ほか。

世界史は99%、経済でつくられる

歴史を「カネ=富」の観点から捉えた、実践的な世界史の通史。




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