「なぜ日本人が議論や情報戦に疎いか?」(1)――最後の知日派ケビン・ドークジョージタウン大学教授が教えてくれた!

八百万の神々が天照大御神に岩戸から出てもらうための相談をしたとされる天安河原(宮崎県高千穂町)

八百万の神々が天照大御神に岩戸から出てもらうための相談をしたとされる天安河原(宮崎県高千穂町)


「思いやり」にあたる英語は見当たらない

 先ごろ、ジョージタウン大学のケビン・ドーク教授(近代日本学)が来日し、岐阜県の麗澤瑞浪高校、千葉県の麗澤大学および、公益財団法人モラロジー研究所で講演されました。「日本人が気付かない世界一素晴らしい国・日本」(WAC) という著書があるドーク教授は、数少ない知日派でかつ、真の親日派学者です。

 そのドーク教授が「日本人の長所と短所」と題して、日本の若者に語ったことは何だったでしょう?

 ドーク教授の日本との出会いは、17歳の高校時代にロータリークラブの交換留学制度で訪れた長野県上田市でした。そこで出会った人々が示してくれた数え切れないほどの「思いやり」にドーク青年は感激し、一生の思い出となります。

 でも、ドーク教授は、日本人の「思いやり」を的確に表現できる英語が見つからない、と言います。英語の” To be thoughtful of others”では表現できない細やかさが、日本人の「思いやり」にはあるというのです。

日本人の最大の長所は「感じやすい心」

 では、その「思いやり」はどこから来るのでしょうか?ドーク教授は、それは日本人の宗教観から来ると説明します。

 ドーク教授いわく、「日本は現在に至るまで、土着宗教の影響が残る稀有な国」だそうです。ここでいう土着宗教とは、「先祖の魂を敬い、万物の自然に神が宿る」といった素朴な宗教観です。

 日本人はよく、八百万の神、という言い方をしますが、実際のところ、神と呼んでいるのは、海や山や川などの美しい自然に感動する気持ちを表現しているのであって、客体化した実際の神の存在を信じているわけではありません。つまり、神様の実態は「気持ち、印象、感動、畏敬の念」などです。ドーク教授はこれを「感傷主義(センチメンタリズム)」と呼びます。これが日本人の感性の豊かさや繊細さに繋がり、温かい「思いやり」の源となります。

 実は、こういう素朴な宗教観は、キリスト教以前のヨーロッパにも自然に存在していました。しかし、いわゆる世界宗教となったキリスト教の到来と共に姿を消していきます。キリスト教における神とは、人格を持った具体的な存在であり、客観的な哲学や理性、原則と結びつきます。これはもはや、感傷主義の世界ではありません。

 日本人の「感じやすい心」は、温かい「思いやり」の他にも、「強い日常の美意識」に繋がっていきます。芸術の世界で多くの日本人が目覚しい活躍をしているのは偶然ではありません。これが日本人の最大の長所だとドーク教授は断言します。

文:山岡鉄秀(やまおか・てつひで)
1965年、東京都生まれ。中央大学卒業後、シドニー大学大学院、ニューサウスウェールズ大学大学院修士課程修了。2014年、オーストラリアのストラスフィールド市で中韓反日団体が仕掛ける「慰安婦像設置」計画に遭遇。子供を持つ母親ら現地日系人を率いてAJCN(Australia-Japan Community Network)を結成。その英語力と交渉力で、非日系住民の支持を広げ、圧倒的劣勢を挽回。2015年8月、同市での「慰安婦像設置」阻止に成功した。現在、公益財団法人モラロジー研究所道徳科学研究センター人間学研究室研究員。AJCN Inc.代表。『日本よ、情報戦はこう戦え!』(育鵬社)を刊行。




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