80年代に人気だった「さすがの猿飛」がグローバル化する時代

<文/橋本博 『教養としてのMANGA』連載第6回>

『さすがの猿飛』がグローバル化?

 1980~84年に『増刊少年サンデー』に連載された『さすがの猿飛』(作・細野不二彦)という学園ラブコメの忍者マンガを覚えているだろうか。テレビアニメ(1982-84)も人気で、今40〜50代の人なら、丸々太った主人公の猿飛肉丸、怒らせると恐いくノ一忍者霧賀魔子、女子のスカートを風でめくり上げる「神風の術」を思い出すことだろう。あの頃は日本も元気で、ノーテンキなマンガがあふれていた。  その『さすがの猿飛』が2017年、セブン-イレブン限定販売の月刊マンガ雑誌『月刊ヒーローズ』(小学館クリエイティブ発行)で、30年ぶりに完全新作の連載を再開。その名も『さすがの猿飛G(グローバル)』

肉丸&魔子ちゃんのコンビが復活! 『さすがの猿飛G』 (ヒーローズ)

 今から30年前の『さすがの猿飛』では、猿飛肉丸が所属する「私立忍ノ者高校」の卒業生は、世界各国の諜報機関や企業から引っ張りだこだった。日本の忍術をマスターすべく日本にやってきた外国人たちは、その技術、精神性の高さに驚き、真剣に忍者になる訓練に取り組んでいたものだ。  そして時は流れ、新作『さすがの猿飛G』では「忍ノ者高校」はすっかりグローバル化し、アメリカ人をリーダーとする外国人留学生が幅を効かせるようになっていた。かつての登場人物である日本人の生徒たちはすっかり影が薄くなり、今では留学生NINJA たちにバカにされるようになっていた。  せっかく忍術という世界に誇れる技術を持っていたのに、その価値に気づかず、惜しげも無くそれを海外に移転してきた日本の忍術集団。その結果、かつての優位性は失われ、忍術の分野でもアメリカの属国になってしまっていた。  日本が誇る技術の価値を一番知らないのが当の日本人だ。家電でも携帯でも技術は一流と思い込んでいたら、いつのまにか取り残されていたという事実を、このマンガは思い知らせてくれる。  それでもマンガの中では、本来の主人公の猿飛肉丸が活躍して、なんとか忍術発祥の地の面目を保つことにはなっている。しかし現実はそんなに甘くはない。優位性の上にあぐらをかいていたら、あっという間にトップの座を滑り落ちることを、このマンガは警告してくれているのだろう。

忍者不足に悩む伊賀市が年収1000万円で人材を募集?

 一方、忍術の聖地日本に憧れて、毎年多くの外国人が日本にやってくる。忍術の世界的ブランドとなっている三重県の伊賀市を2018年6月に訪ねた。  伊賀市は2017年に「忍者市」を宣言し、日本遺産「忍びの里 伊賀・甲賀」にも認定されている。2016年にG7伊勢志摩サミットが開催された際の外国人観光客用の案内板が今でも置かれていたが、それだけ欧米からの観光客が多いということだろう。

三重県伊賀市にある伊賀流忍者博物館への案内板。2016年にG7伊勢志摩サミットが開催された際の外国人観光客用の案内板のため、日本語の他に、英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語が表示されている。

 忍者発祥の地として知名度が高い伊賀市ゆえに、とんだ事件に巻き込まれたこともある。年間1000万円近くの収入が得られる忍者のパフォーマーが不足しているので、世界に向けて伊賀市が広く人材を求めているというニュースが、7月に流れた。  この騒動は英BBCでも「Japan’s Iga city ‘does not need ninjas’ after reports it was hiring」という見出しで報道された。BBCによれば、ある米ラジオ番組が伊賀市が忍者を基盤にした観光戦略の拡大にあたり、労働者不足に悪戦苦闘していると報じたことが、騒動の発端だったようだ。その中で、忍者役が不足しており、役者は年間約2万3000~8万5000ドル(255~943万円)稼げると語った。  この番組が話題となったのだが、各所で「伊賀市が年間8万5000ドルで忍者を募集している」と報道され、伊賀市や伊賀上野観光協会などに23カ国から少なくとも115件の忍者希望者の問い合わせがあったという。  だが、これは誤報だった。この騒動に対して伊賀市は、「伊賀市では忍者の募集はしておりませんので、ご注意ください」と注意を呼びかけた。  こういったフェイクニュースが世界を駆け巡るということは、それだけ日本の忍者に対する海外の関心が高いことを物語っている。  問題なのはアメリカを中心に、日本の本物の忍者について修行したと言っている怪しげな自称忍者たちが増えていることだ。そこで教えられているのは忍術とは全く関係ないスポーツの一種なのだが、多くの外国人がこれが本物の忍術だと信じ込んでしまえば、偽物が本物になってしまう。  忍術や忍者について正しい情報を伝えていくのがいかに難しいか、海外でのNinja 研究者と話しているとそのことが実感される。だからこそ正確な情報発信が求められるのである。

「甲賀流忍者検定試験」にチャレンジ

 一方、今や忍者はインバウンド増加の重要な切り札になりつつある。伊賀市をはじめ、滋賀県甲賀市、真田忍軍の発祥の地の信州上田市や、正統派の忍術が今でも伝承されている信州戸隠、風魔忍軍がいた小田原市、九州忍者の存在が最近明らかになった佐賀県嬉野市などでは、忍者を活用して外国人観光客の獲得に乗り出そうとしている。  しかし忍者を単なる観光資源の一つとして売り出すだけでは心もとない。やはり地元のオリジナルコンテンツは大事にしなくてはならない。忍者がその地域でいかにして生まれ、どんな活躍をしていたのか、どんな資料が残っているのかという本格的な調査が不可欠だ。そうしないと海外のNINJAブームに飲み込まれて 何やら訳の分からないイメージがその地域に定着していくことになるだろう。  その意味では伊賀と並び称されるほどのブランド力のある甲賀ではユニークな活動が続けられている。伊賀が海外に向けて情報を発信しているのに対して、甲賀では国内の忍者ファンや研究者を対象に、ここ10年の間、「甲賀流忍者検定試験」を行なっている。

「甲賀の忍者」が特集された季刊誌『湖国と文化』2018年夏号(発行:公益財団法人びわ湖芸術文化財団)。巻頭カラーグラビアでは甲賀流忍術屋敷(甲賀市甲南町竜法師)と甲賀の里忍術村(同市甲賀町隠岐)の様子を紹介。また、特集では甲賀市教委職員や甲賀忍術研究会会員らが忍者について論じている。

 2018年6月、私もこの検定試験に挑戦することにした。これがなかなか挑戦のしがいのある問題ばかりで、忍者については結構知識があるものと思っていた自信は見事に打ち砕かれてしまった。特に甲賀忍者についての問題は相当に勉強しておかないと歯が立たない。試しに少し解いてみようか。 甲賀流忍者検定試験問題例(一部改変) 問1  甲賀飯道山のふもと村の出身で比叡山で信長の焼き討ちにあい、京に上って医学を学び、秀吉の主治医となったのは誰か。 ①曲直瀬道三 ②山上藤右衛門 ③施薬院全宗 ④池田恒興 問2  甲賀流では人を知るための四つの方法を「四知の伝」と呼んでいる。聞、問、切ともう一つは何か。 ①眺 ② 観 ③望 ④隠 (答え 問1 ③ 問2 ③)  伊賀では信長が伊賀に攻め入った「天正伊賀の乱」の影響で古文書はほとんどが消失したと言われている。一方、甲賀には忍者や忍術についての古文書が意外に残っているもので、毎年新しい資料が発見されている。  検定試験が終わると最新の情報についての講演会が開かれているが、そこで話された内容が次年度の問題に出されるのでみんな真剣に聞いていた。先程例に出した問1の問題がまさにそれで、講演会をボーッと聞いていただけでは解けそうにない問題だ。  甲賀は伊賀に比べて華やかなイベントをやっているわけでもなく、官民あげてインバウンドの増加に取り組んでいるわけでもない。しかし検定試験や研究会のような地道な努力を重ねている甲賀のやり方の方が、怪しげな海外のNINJA 情報に振り回されることなく、忍者の実像を正しく伝えていくことにつながっていくのではないだろうか。 【橋本博(はしもと・ひろし)】 NPO法人熊本マンガミュージアムプロジェクト代表 昭和23(1948)年熊本生まれ。熊本大学卒業後、県庁職員などを経て、大手予備校講師。昭和62年絶版漫画専門店「キララ文庫」を開業(~平成27年)、人気漫画『金魚屋古書店』(芳崎せいむ、1~16巻、小学館)のモデルとなる。平成23年、文化遺産としてのマンガの保存・活用や、マンガの力による熊本の活性化を目指すNPO法人熊本マンガミュージアムプロジェクトを立ち上げる。平成29年、30年以上にわたり収集した本を所蔵した「合志マンガミュージアム」を開館。崇城大学芸術学部マンガ表現コースの非常勤講師も務める。
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