押さえ込みに成功した台湾に学ぶ、新型コロナウイルス対策とアフターコロナ

 7月2日に発売され大きな反響を呼んでいる『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)の著者でジャーナリスト、大東文化大学特任教授の野嶋剛さんと、中国などに関して多くの優れた著書を発表している産経新聞台北支局長の矢板明夫さんが、台湾と日本の新型コロナウイルス対策についてあらゆる角度から語り尽くす育鵬社オンライン〈Zoom〉セミナー(7月17日夜開催)について、『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』の著者でジャーナリストの野嶋剛氏の講演の後半部分を紹介する。

想像を超えた三つの対策

 台湾のコロナ対策についての詳細は『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』をぜひお読みいただきたいですが、ここでは長年台湾をウォッチしてきた私の想像を超えた対策を三つ、ご紹介します。 (1)12月31日の大みそかのスピーディな行動 (2)マスク安定確保と供給のための措置 (3)情報の透明性とリスクコミュニケーション  まず(1)ですが、武漢の感染拡大情報を発見し、いち早くレポートを作成した「感染症探偵」の羅一鈞は、SARS以来の台湾の公衆衛生人材の育成の中で育てられてきた人です。  羅一鈞は夜中に大陸のネット上で、「武漢の感染が非常に深刻である」「武漢市政府当局が発した公文書」などを発見して、それを午前9時頃までにレポートにまとめて衛生福利部に提出します。すると台湾政府は午後2時以降に緊急閣僚会議を開催し、武漢発フライトの検疫強化などの対処方針を決定しました。さらにそれから中国に感染症の実情を確認する連絡を入れ、WHOにも報告しました。このWHOへの報告については、その後、メールを受け取っていない、いや送ったという問題になりました。そして午後6時には行政院のスポークスパーソンから国民に向けて警戒を呼びかけるというところまでやっています。  24時間足らずの間に、ここまでやっていたこと自体に驚きます。危機管理というのは、やはり初動が非常に重要です。台湾がこの24時間で初動として決めるべきことを決めたことが、コロナに対する勝負を決したのだと思います。

マスク自主生産体制の確立

 次に(2)のマスク対策についてですが、オードリー・タンのマスクアプリが日本でも非常に有名になりました。ただし全体としてみると、このマスクの問題はマスクの自主生産の確立という大きな流れの中で見た方がいいでしょう。  もともと台湾は、マスクについて対中依存が90%を超えていました。しかし、コロナ危機が迫るなか、政府が製造機械を買って業者に払い下ろし、もちろん材料等の確保も手配して製造してもらい、それを全量買い取って国民に配るという、上流から下流までマスクの自主生産体制を確立したということが、非常に大きかったと思います。  マスクのウイルスに対する効果については100%の保証はありません。しかし一定の効果はきっとある、何より私たち一般市民が見えないウイルスから身を守るための、唯一の道具になるわけです。それが手に入らない、行き渡らないということがどれほど人々の心を荒ませるか、台湾は2003年のSARSで学んでいました。  ですから台湾はマスクがいずれ中国から入ってこなくなることを想定して、1月下旬から2月下旬まで、約1か月で自主生産体制を確立し、今では、日産1500万枚と中国に次いで世界第二位のマスク大国に成長しました。  この1500万枚という数字は、台湾の全人口2350万人の半分が毎日使う仮定で算出されました。実際にはそこまで使われないと思いますが、台湾は共働き家庭が多いので、その人々に毎日一人一枚のマスクを行き渡らせるくらいの数値目標を掲げ、そこから逆算して決められた数字です。

SNS時代に適合したプッシュ型の情報公開

 そして(3)の情報公開について、陳時中・衛生福利部長の連日の記者会見は日本でも有名になりましたが、もう一つ私が強く思ったのは、この図なのですが、この中に人々の知りたいほとんどのデータが掲載されています。  これが毎日、台湾の中央流行疫情指揮センターから国民に向けて流されます。図の右側は「武漢肺炎」とありますが(台湾では「武漢肺炎」と呼んでいます)、企業に対する融資、雇用、税制の優遇などが一枚の絵で分かりやすく書かれています。こうしたしっかりした情報が政府から国民へSNS、ニュース、ウェブなどさまざまな形で送られてくることが、いかに人々を安心させるかというのも私は強く感じました。  一方、日本では、死者、感染者の総数は全国の自治体から統計を集計して、翌日にならなければ分かりません。しかもその基準が時々変わったりするので、「数字は信用できない」という疑念が人々の間に生まれてくるわけです。  台湾のいわゆるプッシュ型の情報公開は、非常によかったと思います。情報発信の仕方も多角的かつ分かりやすいものだったという点も大きかったと思います。

台湾はアフターコロナをどう生きるか

 元々台湾は「瘴癘の島」、つまり病気があふれる島だと言われていました。そのため、台湾はコレラなど多くの疫病がある怖いところと長らく蔑まれてきました。しかし、今回のコロナ対策で、明らかに台湾は世界最先端の公衆衛生先進国と認識されたわけです。  台湾はコロナウイルスを押え込むことには成功しました。今後の課題は、やはりアフターコロナをどのようにサバイバルしていくかということです。これについては、もちろん様々な国々との関係があるので台湾だけでは描けません。  対中依存の漸進的脱却を目指しながら、経済・社会の構造改革ができるか、というところも問われてきます。中国への経済依存は長年積み重ねてきた厚いものがありますが、徐々に脱中国を進めていかなければならない。台湾は、コロナ時代は中国と距離を取る方向に向かっているようですが、それに伴い台湾の社会構造、経済構造の変化が必要でしょう。  一方で、米中新冷戦の中で、台湾は対米関係を強化しています。しかし、これもあまりにやり過ぎると、中国が圧力を強めてきます。香港情勢もあります。対米関係の強化についても、中国の圧力とどのようにバランスを取っていくかが問われています。  最後に日台関係ですが、日台間には外交関係がなかったので、直接的な人的交流に依存してきました。人間と人間との交わり、友情、そうしたものに頼っていたわけです。しかし、往来が制限される中での日台関係というのをデザインしなければなりません。  これから私たちも台湾に行きにくくなりますし、台湾から日本にも来にくくなる。私が台湾に最後に行ったのが2月上旬で、その後は現在に至るまで行けていません。日台関係の物理的な溝は明らかに深まり、半年、一年、当分続くかもしれません。台湾に行けない、台湾から来れないという状況の中で、では日台関係はどう再構築できるのかということが問われてくると思っています。 【野嶋剛(のじまつよし)】 ジャーナリスト、大東文化大学社会学部特任教授。元朝日新聞台北支局長。1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。政治部、台北支局長、国際編集部次長、AERA編集部などを経て2016年4月に独立し、中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に、活発な執筆活動を行っている。『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)、『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『銀輪の巨人 ジャイアント』(東洋経済新報社)、『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社)、『台湾とは何か』(ちくま新書)=第11回樫山純三賞(一般書部門)、『タイワニーズ 故郷喪失者の物語』(小学館)等著書多数。最新刊は『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)
なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか

①“攻め"の水際対策 ②ためらいなく対中遮断 ③“神対応"連発の防疫共同体  “民主主義"でコロナを撃退した「台湾モデル」の全記録!

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