“神様”ゴッチのビデオ『KAMISAMA』――フミ斎藤のプロレス読本#055【カール・ゴッチ編エピソード3】
ビデオができあがると、ぼくはすぐに――バカていねいなお礼状を添えて――ゴッチ先生にサンプル版を1本、送った。しばらくすると、“神様”から手紙が届いた。
オールドファッションなタイプライターで打たれたレターの日付は“11月8日、オデッサより”とあったから、ゴッチ先生は返事を書いてから1カ月くらいそれを家のなかに放置しておいて、タンパの街なかまで食料品でも買いに出たついでに郵便局に寄ってこの手紙を投函してくれたのだろう。
ゴッチ先生は、これといった用事がなければ絶対といっていいほど家から出ない。
“神様”が書く文章は、どことなく漢文みたいな響きがある。直訳ではないけれど、全体的なトーンを重んじて日本語に変換するとこんな感じになる。
「貴君からの手紙とビデオ、拝受いたしました。どのような作品になったのかひじょうに気になっていた。よくできていると思います。しかし、わたしは完ぺき主義者である。ゆえに作品中のわたし自身の声の悪さにはいささかの失望をおぼえた。貴君が、どんなものを撮りたいのかをもっとよく説明してくれればよかったのだが」
「裏庭のデッキに腰かけてハーモニカを吹くシーン。あれは失敗だな。足元がふらついて、うまく吹けなかった。わたしのヘタな芝居にくらべれば、フジワラは役者だ。声もいいし、しゃべりもなめらかだった」
「彼にはいつもこういってやるんだ。人前に出るとしゃべれなくなる、なんて思い込みだとね(中略)。フジワラに会ったら伝えてくれたまえ。どうしているのか、すべてうまくいっているのか、わたしが知りたがっているとね」
「“便りのないのはよい便り”というが、フジワラにはあてはまらん。わたしは彼のことが心配なのだ」
「トレーニングはつづけている。トシはとっても老いることは拒絶したい。そういえば、ビデオに映っている自分の姿がとても太っているように感じられた。あれを観て以来、食事の量を減らしている。わたしはもともと大食漢だが、トシをとったらあまりたくさん食べてはいけないのだ。食べることも飲むこともたいへん好きだ」
「だからこそ、ハード・トレーニングが必要なのだ。教えを説くなら、まずみずからがそれを実行せよPractice what you preachだ。それがわたしのモットーだ」
やっぱり、ゴッチ先生のおことばは、ひとつひとつのセンテンスがとほうもなく深遠だ。結びの一節にはこう書かれていた。
「妻の健康状態が芳しくないため、わたしは家を空けることができない。再び第二の故郷ジャパンを訪れることができるかどうかわからない」
ゴッチ先生は、きょうも日の出とともに起床して、ガレージ道場で黙もくとトレーニングをつづけているのだろう。同じことのくり返しだと飽きてしまうからといって、スクワットと腕立て伏せと腹筋の順番を変えてみたり、あっち向きになって体を曲げたり、こっち向きになって脚を曲げたりして、いろいろと気分転換を図っているらしい。
神様が太るのを気にしているとは、なんだか微笑ましい。もう日本には来られないかもしれないなんて、ちょっと弱気ではないだろうか。“老いることを拒絶する”と語ったのはゴッチ先生なのに――。(つづく)
※文中敬称略
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文/斎藤文彦 イラスト/おはつ1
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