どうして「バンプをとった者にしかわからん」なのか――フミ斎藤のプロレス読本#001【プロローグ編1】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
「ねえ、なんかおもしろいはなし、ない?」
マサ斎藤とぼくの会話はいつもこんなやりとりからはじまる。質問をしているのはぼくではなくてマサさんのほうだ。
プロレスラーは、知りたがり屋さんの集まりだ。他人が自分のことをどう思っているかとか、どうウワサされているかとか、そういうことにいちばん興味があって、その次はほかのボーイズ(レスラーたち)や他団体のことだ。
「なあ、全日本はまだお客が入ってるみたいだなあ。どうしてかな?」
「試合はたしかにおもしろいですから……」とぼく。
「なあ、メガネはどうなると思う?」
“メガネ”とは、天龍源一郎の――メガネスーパーがオーナー――SWS(スーパー・ワールド・スポーツ)のことだ。ぼくはこう答えた。
「ダメじゃないですか? やっぱり」
「前田んとこは?」
“前田んとこ”とは、前田日明のRINGSのことである。こういうときはできるだけテキパキと答えたほうがいい。
「なんかいろいろあるみたいですけど、大丈夫でしょ、あそこは」
「ほんとうにお客、入ってるか?」
マサさんはわりと疑りぶかい。こんどはぼくのほうから質問をする番だ。
「それはそうと、長州さんと天龍さんが急接近してるって、ほんとうですか?」
「オレは全然、知らん」
知っていたとしても、話したくないことはやっぱり話さない。もちろん、それでもちゃんと会話は成立する。こうしてプロレスとプロレスラーとレスリング・ビジネスに関するおしゃべりはえんえんとつづき、時間がたつのも忘れてああでもないこうでもないと結論の出ない議論がくり返される。
マサさんはこれからはフレッド・ブラッシーのような試合をしていくつもりらしい。“銀髪鬼”ブラッシーといえば噛みつき攻撃と大流血戦である。大きな病気――すい臓炎――をしたせいで、自分の選手寿命のことを考えるようになったのだという。
たぶん、現役生活は長くてもあと1、2年だろう。だから、いにしえのブラッシーのような闘い方で最後の“狂い咲き”をしようとしている。ぼくは、これはかなりいいアイディアだと思った。せっかくまたリングに上がれるようになったのだから、もう好き勝手に暴れるだけ暴れたほうがいいに決まってる。
でも、マサさんと話していると、けっきょく最後にはこのセリフが出る。
「プロレスはバンプ(受け身)をとった者にしかわからないよ。そっちは、まだプロレスをわかってない」
“そっち”とはYou、お前、キミという意味で、ここではぼくを指している。マサさんだけではない。いままで何人ものレスラーたちにこれと同じ“最後の一句”を突きつけられてきた。ようするに「プロレスのことはプロレスラーにしかわからないよ」と念を押されてしまうのである。
1
2
※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス読本」と書いたうえで、お送りください。
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ