更新日:2022年09月25日 11:10
スポーツ

“チェーン・デスマッチの鬼”ボリス・マレンコ――フミ斎藤のプロレス読本#059【カール・ゴッチ編エピソード7】

 ラリーさんの体は病魔に侵されている。南フロリダ大学病院はラリーさんを白血病と診断した。アメリカでは、患者と患者の家族へのガンの告知がひじょうにオープンだ。  ラリーさんは化学療法を受けるため、病院のベッドでひと夏を過ごした。キモ・セラピーの集中治療が終わると、“デスマッチの鬼”はニコニコして道場に帰ってきた。  きっと、ラリーさんにとっては道場でレスラーの卵たちの顔をみることがいちばんの楽しみなのだろう。じっさいに道場生たちの指導にあたっているのはディーンだが、ラリーさんはいつもリングのそばにいる。  あとどのくらいの時間が残されているかはわからないけれど、ラリーさんはこれからも道場にやって来て、静かな笑みをたたえながらみんなの練習をながめるつもりだろう。 「ガンと試合をやっても勝てない。よく闘ってもドローがいいところだ。でも、闘わないわけにはいかない」  ラリーさんはまだ勝負を捨てていない。ジョーもディーンも親父さんと同じ気持ちに決まってる。ラリーさんにもしものことがあったら、ゴッチは悲しむだろう。  ゴッチはゴッチで、エラ夫人の体のぐあいがすぐれなくて困っている。いつのまにか、みんなトシをとってしまったようだ。  たぶん、ラリーさんはほんとうはチェーン・デスマッチの名人なんかじゃなかったのだろう。悪役レスラーの道を選択し、悪役らしくふるまってきただけだ。  正統派レスラー――フロリダではエディ・グラハム――の右のストレート・パンチを食らうと、ボリス・マレンコの口から入れ歯が飛び出して、ふわりと宙を舞い、キャンバスに落ちた入れ歯がギシギシと歯ぎしりをする(ようにみえる)、というホラー映画のワンシーンのようなパフォーマンスがラリーさんの専売特許だった。  ただレスリングが好きで好きで、30年もリングに上がりつづけた。だから、いまでもリングのすぐそばに立っている。  マレンコさんはこういってほほ笑んだ。
斎藤文彦

斎藤文彦

「これからは1日いちにちがごほうびのようなものですよ」(つづく) ※文中敬称略 ※この連載は月~金で毎日更新されます 文/斎藤文彦 イラスト/おはつ
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