“チェーン・デスマッチの鬼”ボリス・マレンコ――フミ斎藤のプロレス読本#059【カール・ゴッチ編エピソード7】
ラリーさんの体は病魔に侵されている。南フロリダ大学病院はラリーさんを白血病と診断した。アメリカでは、患者と患者の家族へのガンの告知がひじょうにオープンだ。
ラリーさんは化学療法を受けるため、病院のベッドでひと夏を過ごした。キモ・セラピーの集中治療が終わると、“デスマッチの鬼”はニコニコして道場に帰ってきた。
きっと、ラリーさんにとっては道場でレスラーの卵たちの顔をみることがいちばんの楽しみなのだろう。じっさいに道場生たちの指導にあたっているのはディーンだが、ラリーさんはいつもリングのそばにいる。
あとどのくらいの時間が残されているかはわからないけれど、ラリーさんはこれからも道場にやって来て、静かな笑みをたたえながらみんなの練習をながめるつもりだろう。
「ガンと試合をやっても勝てない。よく闘ってもドローがいいところだ。でも、闘わないわけにはいかない」
ラリーさんはまだ勝負を捨てていない。ジョーもディーンも親父さんと同じ気持ちに決まってる。ラリーさんにもしものことがあったら、ゴッチは悲しむだろう。
ゴッチはゴッチで、エラ夫人の体のぐあいがすぐれなくて困っている。いつのまにか、みんなトシをとってしまったようだ。
たぶん、ラリーさんはほんとうはチェーン・デスマッチの名人なんかじゃなかったのだろう。悪役レスラーの道を選択し、悪役らしくふるまってきただけだ。
正統派レスラー――フロリダではエディ・グラハム――の右のストレート・パンチを食らうと、ボリス・マレンコの口から入れ歯が飛び出して、ふわりと宙を舞い、キャンバスに落ちた入れ歯がギシギシと歯ぎしりをする(ようにみえる)、というホラー映画のワンシーンのようなパフォーマンスがラリーさんの専売特許だった。
ただレスリングが好きで好きで、30年もリングに上がりつづけた。だから、いまでもリングのすぐそばに立っている。
マレンコさんはこういってほほ笑んだ。
「これからは1日いちにちがごほうびのようなものですよ」(つづく)
※文中敬称略
※この連載は月~金で毎日更新されます
文/斎藤文彦 イラスト/おはつ1
2
⇒連載第1話はコチラ
※斎藤文彦さんへの質問メールは、こちら(https://nikkan-spa.jp/inquiry)に! 件名に「フミ斎藤のプロレス読本」と書いたうえで、お送りください。
この連載の前回記事
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ