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WWEを選択した理由=野望と不安――フミ斎藤のプロレス読本#067【バンバン・ビガロ編エピソード2】

 ここ4年くらいは新日本プロレスをホームリングにしてきたから、移動方法やホテルのチェックインとチェックアウト、夜遅くなってから食事をする場所を探したり、リングコスチュームを洗たくしたりなど、試合以外のあれやこれやに気をまわす必要がなかった。  ニューヨークから成田までは10数時間のフライトだが、いったん日本に着いてからはなにからなにまでオフィスがテイクケアしてくれた。それがジャパニーズ・スタイルのレスリング・ビジネスである。  ちょっと意外な感じではあるが、WWEの契約タレントはそうではない。基本的に国内線の乗り継ぎも、ツアー先に到着してから試合会場までの陸路の移動も、アリーナからホテルまでの移動も、すべて自分たちでアレンジしなければならない。  交通費とホテル代などはほとんどの場合において選手サイドが負担する経費となる。ビガロと同じようなパターンでWWEと全日本プロレスを何度か“往復”したデイビーボーイ・スミスが「WWEにいたら、気をつけていないと1週間に(経費だけで)1000ドルのキャッシュを使ってしまう」と話していたことがある。かなりの出費である。  この時代のWWEの所属選手の週単位のギャランティーは、トップグループの一部の選手を除いては、定額制ではなかった。  契約書に記載されている最低保証額は年15回のTVテーピングの出演料だけで、ハウスショーの興行収益から歩合制で支払われるファイトマネーは、小切手をもらったときに初めてその額がわかるという不安定なシステムだった。  それでも、結果的にはWWEで稼ぐファイトマネーが世界でいちばん高い。新日本プロレスと全日本プロレスがトップグループの外国人選手に支払う週単位のギャランティーはWWEのさらに上をいくが、1年間のシリーズ興行の日程がトータルで20週間程度しかない。  WWEでは年間52週間分のファイトマネーがもらえ、これ以外に年に2回ずつマーチャンダイズ(キャラクター商品、関連グッズ)と映像作品(ビデオ)の印税も支払われる。  ビガロは年間16週間のスケジュールで新日本プロレスのリングに上がっていた。単純に計算すれば、約4カ月間の労働でアメリカで働いた場合の年俸に相当する額を稼いでいたことになり、新日本プロレスに残っていたとしたら、あと何年間かは安定した年収を手にすることができただろう。  それでも、ビガロはWWEを選択した。野望みたいなものもあるし、ちょっとだけ不安もあった。プロレスラーは、舞台を与えられてこそプロレスラーたりえる。  新日本プロレスでのビガロのポジションはいつのまにか曖昧なものになっていた。このまま日本にいても、ずるずると便利屋になっていくような気がした。  WWEとの専属契約は2年。新日本プロレスは、WWEとの契約が終了したらまた3年契約を結んでくれることをカジュアルな口約束でビガロに伝えた。 「だから、オレは、少なくともあと5年はプロレスをつづけられるんだ」とビガロはつぶやいた。これはビガロの偽らざる気持ちだ。  アメリカのプロレスラーの立場は不確実だ。ケガをしたら収入はゼロになってしまうし、ギミックが古くなったら商品価値がなくなる。ビガロは、WWEのリングでもういちどピカピカに輝いて、それからまたニューカマーとしてジャパンに帰ってこようと考えている。  プロレスラーにとって5年は“永遠”に近い――。(つづく)
斎藤文彦

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※文中敬称略 ※この連載は月~金で毎日更新されます 文/斎藤文彦 イラスト/おはつ
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