“ヒットマン”ブレット・ハートの怒り――フミ斎藤のプロレス読本#065【WWEマニア・ツアー編エピソード5】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
名古屋、大阪での試合を終えたWWEスーパースターズは、大阪空港からANA771便に乗って次の遠征先の札幌へ向かった。名古屋レインボーホールも大阪城ホールも客席はガラガラだった。
横浜は惨敗、名古屋も大阪も閑古鳥とあって選手グループ、エージェントの顔には不安の色がみえはじめた。“マニア・ツアー”は札幌・月寒グリーンドーム公演を残すのみ。日本のあとはグアム、ハワイ、そしてアメリカ西海岸エリアでのツアーが待っている。
札幌では1日のオフが入った。ショーン・ウォルトマンとバンバン・ビガロは札幌市内に住んでいる友だちを訪ね、ほかのレスラーたちはショッピングや映画を観に出かけた。
ツアーに参加したただひとりの女子プロレスラー、アランドラ・ブレイズはホテルのレストランのいちばん隅のほうの席にひとりでポツンと座って食事をしていた。
アランドラ・ブレイズなんて聞き慣れないリングネームよりも、日本ではメドゥーサといったほうがよっぽどわかりやすい。5年まえに全日本女子プロレスの専属外国人選手として来日し、2年間、トーキョーに住んでジャパニーズ・スタイルの女子プロレスを学んだ。
アメリカに帰ったあとは、WWEのライバル団体WCWやイーストコーストのインディペンデント団体のリングで活動し、それからWWEと契約した。
WWEに入ったとたん、メドゥーサのリングネームはアランドラ・ブレイズに変わり、気がつくと世界統一女子王者ということになっていた。
アメリカでは女子プロレスというジャンルの認知度はきわめて低い。“男子レスラー”の前座として1試合だけラインナップされる女子プロレスのカードはほとんどの場合、“箸休め”のアトラクションとしてレイアウトされている。日本のような女子プロレスの団体はないし、選手の絶対数が少ない。
いくらWWEでチャンピオンになったといっても、これといったライバルがいない。メドゥーサは、今回の日本ツアーでは古巣・全日本女子プロレスからゲスト出場のブル中野、井上京子、長谷川咲恵らと闘った。
久しぶりにいい汗をかいたメドゥーサの顔は、ずいぶんすっきりしている。
「わたし、ジャパニーズ・ガールズをニューヨークに呼ぶからね。ブルは行きたいといっているし、あとはオフィスにオーケーを出してもらうだけ。ね、いい考えだと思わない?」
メドゥーサは、きつねうどんをすすりながらこれからの作戦をしゃべりまくった。だれかとはなしがしたくてしたくてしようがないという感じだった。本日のランチ・スペシャル“きつねうどん&ミニ親子丼コーヒー付”のセットが妙にエキゾチックなものにみえた。
「このツアーはお客さんが全然入ってないけど、わたしはこれからも日本に来るからね。ひとりになったって来るからね。11月には東京ドームに出るからね」
これだけの大所帯で世界じゅうをツアーしているというのに、メドゥーサはどこか孤独だ。いくら「アメリカの女子プロレスを変えることがマイ・ライフワークなのだ」と叫んでも、だれも耳を貸してくれない。
メドゥーサは、日本と自分とがリンクするところが女子プロレスWomen’s wrestlingの未来を決定するサムシングなのだ、ととらえていた。
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