更新日:2022年10月29日 01:05
エンタメ

ちばてつやさんの長寿の理由と漫画家としての原点<鴻上尚史>

終戦後、隠れ家で弟のために描いた漫画

 ちばさんは、6歳で終戦を迎えました。中国の奉天で、父親の勤める印刷会社の社宅に住んでいました。高い塀に囲まれた、日本人の集合住宅です。  終戦の日を、ちばさんははっきりと覚えています。突然、塀の外で正月でもないのに爆竹が炸裂し、そして、高い塀を乗り越えて中国人が大勢入ってきました。6歳のちばさんは、何が起こったか、まったく理解できず、その風景をボーッと見ていたそうです。その時、母親がさっとちばさんを抱えて、家の中に飛び込みました。  そして、ちばさん達の逃避行が始まります。行き場所をなくしたちばさん一家、両親とちばさんをふくめた4人の兄弟は(ちばさんは長男、三男は『キャプテン』を描いたちばあきおさんです)は、中国人の徐さんの家に匿われました。見つかるとどうなるか分からないからです。徐さんは、ちばさんのお父さんの同僚で、とても仲がよかったそうです。  一家は、除さんの家の二階の一室に潜みました。外出はもちろんできませんし、大きな声を出すこともできません。けれど、4人の子供たちには退屈で我慢できない生活です。  そこで、ちばさんは、幼い弟達にマンガを描きました。弟達は、マンガに熱狂し、はやく続きを読みたい、もっと読みたいとちばさんにせがみました。  外出できず、気配を殺し、隠れ続けるというと、アンネ・フランクがすぐに浮かびますが、じつは、演劇界で有名なサミュエル・ベケットという作家もそういう体験をしました。  パリでレジスタンス活動をしていて、ゲシュタポの追及から逃げるために、知人の家の屋根裏部屋に、もう一人の男性と隠れたのです。  長期間、どこにもいけず、ただ、明日はどこかに行こうと言い合うという状況は、演劇界に衝撃を与えた有名な戯曲『ゴドーを待ちながら』の主人公二人の状況とそっくりです。こんなところに、ベケットの原点のひとつがあったのかと驚きます。  ちばさんも、二階の部屋で幼い「読者」のキラキラと輝く目を見て、それに応えることがひとつの原点になったのかなあと思います。  ちなみに、ちばさん一家を匿った徐さんに、大人になったちばさんは会ってお礼を言いたいと探してみると、文化大革命の時に、日本人と親しかったという理由で、徐さんは処刑されていたそうです。 ※「ドン・キホーテのピアス」は週刊SPA!にて好評連載中
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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本連載をまとめた「ドン・キホーテのピアス」第17巻。鴻上による、この国のゆるやかな、でも確実な変化の記録

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