前田日明が探し求めた“まちがいのない物差し”――フミ斎藤のプロレス読本#154[前田日明編・中編]
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
前田日明の口ぐせは「いろいろな意味でね」と「でしょ」だった。
あるひとつの単語やコメント、またはシチュエーションにはいつでもいろいろな意味がこめられていて、スポークスパーソンの前田はセンテンスのすぐあとに主語のない「でしょ」をくっつけて周囲の人びとの理解、同意を求めた。
いろいろな意味で日本でいちばんグレードの高いニュース・メディアということになるのだろう。『ニュースステーション』(テレビ朝日)の画面に登場した前田は、引退試合の対戦相手に“人類最強の男”アレキサンダー・カレリンを指名した理由を「いろいろな意味で、まちがいのない物差しで試合をしたかった、最後はね」と語った。
ここでいう“まちがいのない物差し”とは、前田自身のボキャブラリーを借りれば「100年たっても200年たっても汚されることのないもの」である。
前田は、自分が信じるもの、自分が大切にしているものを他者から汚されることを嫌う。
Jリーグ(サッカー)の外国人監督の多くは、この国のマスメディア(テレビ、ラジオ、活字)に登場する情報化された“自分”と“自分のチーム”をいっさい観ない、読まないという。
プロ野球の選手たちがどのくらい本気で試合があった夜のテレビのスポーツニュースを観て、翌朝のスポーツ新聞を読んでいるのかはちょっとわからない。ニュースとしての活字の賞味期限は極端に短い。
おそらく、前田はそれが雑誌であっても新聞であっても、単行本でもミニコミ誌でも、活字になった“前田日明”をすべて読破している。
三島由紀夫とカール・セーガン、ユング、ホーキングらとは活字をとおしてよく知っている友人みたいな関係になった。
前田のなかには無邪気で無防備なくらいの活字信仰みたいなものがあって、活字になった“前田日明”は外の世界によって汚されてしまう危険性といつも闘っている。しかし、勝手に独り歩きしている活字をコントロールすることはできない。
プロレスラーとしても格闘家としても、またプロデューサーとしても、前田はつねにメジャーな道を歩んできた。プロレス時代はヨーロッパ・ヘビー級王座、WWF・UWFインターナショナル王座、IWGPタッグ王座の3本のチャンピオンベルトをその腰に巻いた。
いまとなっては信じられないようなエピソードではあるが、WWEの全米ツアーに合流して、ニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデンのリングでコブラツイストをやったことだってある。
“大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアントを戦意喪失の試合放棄に追い込んだ。“熊殺し”ウイリー・ウィリアムスを劇画の世界から現実のリングに引き戻したこともあった。“オランダの首領”クリス・ドールマンといっしょに新ジャンル、フリーファイトをこしらえた。
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