ドン・フライはまったく新しい“プロレスラー”のプロトタイプ――フミ斎藤のプロレス読本#162[新日本プロレス199X編07]
対戦相手と正面から向かい合ったシチュエーションでは、まず左右のフックがあいさつ代わりになる。
藤田和之の両脚タックルをがぶったフライは、下からのニーと左右のパンチで藤田の上半身を揺さぶっておいてからフロント・ヘッドロックでキメにかかった。グレコローマン式のベリー・トゥ・ベリー・スープレックスにはレイガンズ先生の影がちらつく。
レフェリーのロープブレークの指示を無視してフライが藤田の左腕をチキンウイング・アームロックで絞めつづけると、アリーナのなかがノリのいいブーイングの大合唱になった。
リング上を支配している空気は、旧ソ連のサルマン・ハシミコフ、ビクトル・ザンギエフらがプロレスラーとしてデビューしたときとどことなく似ている。
試合終了のゴングが鳴ったと思ったら、小川がリング内に飛び込んできた。フィニッシュは、フライの名称不明のサブミッションだった。小川とフライの番外戦がおっぱじまると、こんどはスーツ姿の佐山聡がリングのなかにすべり込んできた。
両国国技館が“オガワ・コール”につつまれると、いつのまにかエプロンにはアントニオ猪木が立っていた。
猪木は、そこにいるだけでリングを劇画的世界に変えてしまう偉大なる“小屋もの”プロデューサーである。ここでいう“劇”とは劇薬の“劇”だ。
小川もフライも猪木の毒にあてられて、あっというまに新日本プロレスの原点にタイプワープしていた。
西側支度部屋のまえで報道陣に囲まれたフライは、すっかりプロレスラー・モードを全開にしていたが、すぐよこに立っていたタイガー服部レフェリーが「早く入ってくれ」という感じで“猫まねき”をしたため、予定外のぶら下がり会見は中止となった。
フライとレイガンズ先生は、無言のまま黒いカーテンの向こう側へ消えていった。
※文中敬称略
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文/斎藤文彦
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