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第二の吉田羊はバーカウンターの隣にいる!会いに行ける「小劇場美女図鑑」

小崎愛美理

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 “会いに行けるアイドル”としてブレイクしたのがAKB48なら、“会いに行ける美人女優”がいるのが小劇場での演劇だ。

 小劇場出身でブレイクした女優といえば、吉田羊が記憶に新しい。だが、無数にある小劇団には「第二の吉田羊」となるポテンシャルを秘めたダイヤの原石たちが埋まっている。しかも、公演後に面会して気軽に会話したり、時にはバーでの公演で一緒にお酒を楽しめることも!

 そんな“会いに行ける美人女優”を特集する第1回は、「フロアトポロジー」主宰の小崎愛美理さん。なぜ彼女は小劇場に立ち続けるのか?

子役からアイドル、そして小劇場へ


――まず演劇を志した理由をお伺いできますか?

小崎:小さい頃、マイケル・ジャクソンに憧れてダンスを習っていたんです。すぐレッスンにのめり込んで、ミュージカル養成所に入り、15歳の時には主演子役としてツアーを回りました。でも、その頃は無邪気に楽しんでいただけで、まだ本当の意味で芝居に向き合っていませんでした。

――その後、プロダクションに所属されていたようですね。

小崎:歌とダンスのレッスンを積んでいたので、すぐにアイドルのお仕事が入りました。ただ、私には向いていなかったのだと思います。自分と話すために何枚も同じCDを買わせてしまうことも、ステージ衣裳を着て可愛らしく振舞うことも……。それでも、幼い頃から両親にお金と時間を費やしてもらっていたので、「早く成功して、自立しないといけない」と気ばかりが焦っていきました。アルバイトを3つも4つも掛け持ちして、ほとんど眠れず、髪が異様に抜けたり、服が肌に触れるだけで痛かったり。

 気がついた時には病院のベッドの上で、全身にチューブが繋がっていました。体重は33kgまで落ちていたそうです。最初に目に映ったのは、母の泣き腫らした顔。そして、唯一記憶に残っているが「ごめんね」という言葉です。「あぁ、私は両親を喜ばせたかったのに、悲しませることしかできない」と悔しくて、でも動けない自分がいて。それで事務所を辞めてフリーになったんです。23歳の時ですね。

小崎愛美理

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――そこから小劇場の舞台に立つようになったのですか?

小崎:一年間休養して、復帰直後にオファーを頂きました。事務所に所属している時に二度ほど舞台に立つことはあったのですが、小劇場はまったく勝手が違って分からないことだらけ。仕込みの日に綺麗な格好をして挨拶に行ったら、俳優も全員参加で舞台設営していて、場違い過ぎて恥ずかしかったな(笑)。私、ずっと芸能のお仕事をやってきて、「仕込み」が何なのかすら知らなかったんです。私なりに一生懸命生きてきたつもりでも、何も知らなかった。裏で働く方たちのおかげで、のほほんとステージの上に立っていた自分が情けなくって。

 そして、本番が始まり、もうひとつ発見がありました。それは目の前にお客様がいらして、どんな姿勢や表情で座っているのか、その息遣いまで伝わってくること。「一緒に物語を生きているんだ」という、たしかな実感があったんです。事務所を辞めた時、「これからは嘘のない人生にしよう」と決めていたので、とても心打たれました。私の劇団が劇場公演よりも距離感の近いバー公演やギャラリー公演が多いのは、その感動が今も色あせずに残っているからなのかもしれません。

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舞台は最良の酒の友

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