第528回 9月14日「テレビではよくある話」
―[渡辺浩弐の日々是コージ中]―
※これ以前の連載記事は→こちらです。
・1990年代の中頃、僕はとあるバラエティー番組にレギュラー出演していた。お笑いもよく扱う番組で、ある時、若手芸人の一挙紹介企画があった。
・売り出し中の芸人さんが数十組集められ、ゴングショー形式で次から次にネタを披露していく。その中に「猿岩石」というコンビがいた。「コンビニ店員と客」っていう設定の、今でいうとサンドウィッチマンぽいコントをやっていて、結構面白かった。たまたま控え室で隣に座っていて少し話したが、二人ともすごく腰が低い好青年だった。
・ただテレビの現場での、売れてない芸人さんの扱いはなかなか過酷なのだった。みんなお茶も弁当もなしで7、8時間を拘束され控え室とスタジオを行ったり来たりしながらリハから本番までをこなしていた。ディレクターさんに一人、特に気性の荒い人がいて、猿岩石の二人は移動にちょっともたついた時にものすごい勢いで叱られた。大声でどなりつけられ、背中をどつかれていた。
・言うまでもなくその二人は数年後『進め!電波少年』という番組の大陸横断ヒッチハイク企画で一躍ブレイクする。電波少年で猿岩石は「テレビ初出演」ということになっていたが、まあそういうものだろうと思う。
・面白かったのは、ヒッチハイクから戻ってきて、一躍国民的スターとなった(当時の人気はそりゃすごかった)二人が、この同じ番組に、今度はゲストとして呼ばれたことである。
・偶然また同じ控え室になった。二人の腰の低さは以前と変わらなかった。「お久しぶりですね」と声をかけると二人揃って「覚えていてくださったんですね」と、ものすごくうれしそうな顔をする。
「前に呼んで頂いた時とスタッフさん変わってないのに、みなさん忘れていて」
いや忘れてるはずはないですよと言いかけたその時、ディレクターさんが入って来た。数年前、同じ場所で二人を口汚くののしった、あの人だ。二人はすぐに立ち上がり、頭を下げた。
「お久しぷりです、以前、若手芸人の企画の時にお世話になりました」
その言葉をディレクター氏は聞こえないふりをして
「初めましてぇ!」
と大声で言って、二人より深く、頭を下げた。
作家。小説のほかマンガ、アニメ、ゲームの原作を手がける。著作に『アンドロメディア』『プラトニックチェーン』『iKILL(ィキル)』等。ゲーム制作会社GTV代表取締役。早稲田大学講師。
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