来たるジャッジメントの瞬間を待ちながら
――レコーディングがスムーズだったというのは頷けます。大宮のライブで「お葬式パート」って呼んでいたセクションで歌っていた曲や、「last sparkle」みたいなシリアスなハードロック・アニソンって実は上坂さんのディスコグラフィには多いし、お得意でもありますよね。
上坂:確かにこういう曲は好きですし、あの「お葬式パート」自体好きなんですよ。それまで余計なことまでいっぱいしゃべっていた私が急にMCナシで朗々と歌い続けるという。我ながらあのウソっぽい感じが好きです(笑)。
――大宮のライブでは「お葬式パート」直前の幕間映像でレーベルスタッフさんに笑顔でケツバットを喰らわせていたのに、突如真っ黒でドレッシーな衣装で真顔で歌う、あのギャップは実際面白かったです。
上坂:なんかマジメ一辺倒ではいられないんですよね(笑)。昔の芸能人水泳大会みたいな、「ポロリもあるよ」といった感じで女の子たちがプールの中で騎馬戦をやっているその画面の隅っこのワイプではアイドルさんが真剣に歌っている、あの緩急の付け方が好きというか。ギミックが混ざらないとがんばれないんです。
――そういう意味では「ボン♡キュッ♡ボンは彼のモノ♡」と地続きというか、そんな上坂さんが “等身大ではない”シリアスな姿を見せた、と。
上坂:そうですね。
――で、カップリング2曲目の「眠れない魔物」では作詞をなさっています。
上坂:自分が書いた詞ってさすがに忘れないから、歌いやすいですよね。
――へっ!? 作詞する意義ってそれだけ? たとえばリスナーに伝えたいことや訴えたいことは?
上坂:等身大ソングは苦手なので、そんなものはないですっ!
――そうでした(笑)。そしてこの曲の作曲(共作)と編曲は久下真音さん。上坂さんの2018年の自作詞曲「ミッドナイト♡お嬢様」のアレンジを手がけられた方で、AKB48「フライングゲット」や欅坂46「サイレントマジョリティー」などの楽曲も制作しています。
上坂:お会いしたときに「杉山清貴さんとお仕事をしたことがある」っておっしゃっていたので「わー! オメガトライブの人とご一緒したことがあるなんてすごいなー!」って思っていたんですけど……。
――その一方でミリオンヒットを連発する人です。かつ、上坂さんは今回、その人にデジタルシンセサイザーが普及したばかり、1980年代のアイドル歌謡テイスト丸出しの曲を書いてもらっています。
上坂:この曲は「荻野目洋子さんの『バビロン A GO GO』っていう曲と、中山美穂さんの『野蛮な宝石』っていう曲が好きなのでそういうテイストで書いてください」というオーダーのもとコンペを開いて、集まった十数曲の中から選んだ曲なんです。
――久下ナンバーが琴線に触れた理由って?
上坂:ホントにまんま1980年代後半~1990年代初頭の荻野目洋子さんや中山美穂さんのテイスト全開で作ってくださったからですね。デモを聴いたときに、この曲にちょっとライトノベルっぽい歌詞を書けたらいいな、というイメージが湧いたので選ばせてもらいました。
――その上坂さんの歌詞もすごくサウンドにマッチしていますよね。冒頭の〈やさしい波音に 長い髪をほどく〉というフレーズはいかにも1980年代のアイドル歌謡っぽい情景描写だし、サビ前の〈言葉 心 時間も 壊していけ キミの全て わたしになれ〉って一気に畳みかけるところはその言葉のリズムがすごく気持ちいいし。音楽活動を始めるまでに作詞の経験は?
上坂:中二病的なポエムノートは書いていましたけど、メロディに言葉を当てるということはやっていなかったです。
――なのになんでこんなにテクニカルな歌詞が書けるんでしょう?
上坂:当時のアイドルさんの曲の歌詞をオマージュしているからじゃないですか? 愛聴していることもあって、1980年代歌謡曲的なフレーズのリファレンスだけは膨大にあるから、頭の中からそれらの言葉を引っ張り出している感じなんです。
――レコードをいっぱい聴いているDJはダンスフロアの空気をいち早く察知して、今一番盛り上がりそうな曲を的確にセレクトできるのに近いセンスがある、と。
上坂:そうなんだと思います。2コーラス目の頭はカルロス・トシキ&オメガトライブっぽくなっていますし、歌詞全体のムードはアーバンギャルドっぽくもありますし。
――2019年現在においてオメガトライブとアーバンギャルドと荻野目洋子と中山美穂をすべて並列に聴くことによって、それらをミクスチャした独自のボキャブラリを獲得できているっていうのは、紛うことなき上坂さんの才能ですよ。
上坂:ありがとうございます! そうです、私には才能があるんです!(笑)
――じゃあ来たるべき令和時代にはその才能をどう活かしましょう?
上坂:私は平成3年生まれなので前回の改元は体験してはいないんですけど、昭和から平成に変わるときって、もっと厳かなムードに包まれていた気がするんです。
――確かに昭和天皇が崩御したがゆえの改元だったから厳粛でした。でも今回は今上天皇が生前退位するから……。
上坂:皆さん、明るく令和を迎えそうですよね。
――その明るさにはノレそう?
上坂:27年間生きてきた平成という時代にもいまいちノレなかったので、たぶん新時代にもノリきれない気がします。アニメにハマって声優になったり、音楽活動を始めたりしたのは当然平成のあいだのできごとなので生活自体は充実していたんですけど、私自身にインストールされているソフトウェアが平成以前のもの、古すぎるものですから……。
――それこそ新曲で荻野目ちゃんをリファレンスする昭和魂あふれる方ですし(笑)。
上坂:皆さん、心の中にスマートフォンを持っていてそのOSを適宜最新のものにアップデートしていらっしゃると思うんですけど、私の心のケータイはいまだにショルダーフォンなんです。で、その中身を“昭和12.1”みたいな、私以外誰も知らない謎のOSにアップデートし続けている感じがしていて。だから強いて言うなら、今、年代や世代に関して気にしていることといえば、そろそろ30歳の足音が聞こえてきたことかもしれない(笑)。
――性差があるから共感はできないけど、確かに女性にとっての30歳ってひとつの転機にはなりそうですね。
上坂:すごいジャッジメントの瞬間のような気がしています。
――なにをジャッジしましょう? 結婚相手を決めるとか?
上坂:いや、それはないです(即答)。そのジャッジメントの瞬間が訪れても、今のまま、元気な暴れん坊として暮らしていきたいので、このライフスタイルを大事に生きていければいいなって思っています。
●上坂すみれ(うえさか・すみれ)
ソビエト社会主義共和国連邦が崩壊した1991年、神奈川県生まれの声優・アーティスト。2012年、アニメ『パパのいうことを聞きなさい!』で本格的に声優デビューを果たし、以降『中二病でも恋がしたい!』『アイドルマスター シンデレラガールズ』『艦隊これくしょん -艦これ-』など数々の話題作で主役・メインキャストの声を務める。またその一方、2013年にシングル『七つの海よりキミの海』でアーティストデビュー。2014年には1stアルバム『革命的ブロードウェイ主義者同盟』、2016 年には2ndアルバム『20世紀の逆襲』を発表し、2016年には両国国技館でワンマンライブ「上坂すみれのひとり相撲2016~サイケデリック巡業~」を開催した。さらに2017年には自身の冠番組『上坂すみれのヤバい○○』がオンエアされ、翌年8月1日には3rdアルバム『ノーフューチャーバカンス』をリリース。そして2019年4月17日、10thシングル『ボン♡キュッ♡ボンは彼のモノ♡』を発表した。
取材・文/成松哲