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ドラマを超えたエンディング!エアレース 室屋が地元日本で大逆転勝利!優秀の美を飾る

 ドラマ以上のストーリーだった。小説や映画なら、これは少しやりすぎではと笑ってしまうレベルだ。9月7・8日、千葉の幕張海浜公園でレッドブル・エアレースの最終戦が開催。猛烈な台風の襲撃を寸前でかわすと、“伏線”を回収するかのように、“登場人物”たちが奇跡的なレースを繰り広げて、エンディング。その歴史に幕を下ろした。

左からカービー・チャンブリス、室屋義秀、マット・ホール、マルティン・ソンカ©Jason Halayko-Red Bull Content Pool

 最終レースとなった千葉大会は、唯一の日本人選手である室屋義秀が、決勝で初戦敗退の大ピンチから勝ち上がっての逆転勝利。大会チャンピオンに輝き、有終の美を飾った。  大会2位は、エアレースに初年度から参戦する唯一のパイロットである、カービー・チャンブリス(アメリカ)。こちらも、予選ワーストからの大躍進フライトで、エアレースを見届けてきた人々を喜ばせた。そして同3位が、室屋の最大のライバルで同期でもあるマット・ホール(オーストラリア)。  これにより、総合ポイントを1ポイント差(!)で上回ったホールが、悲願の初ワールドチャンピオンに。続くシーズン2位は室屋、同3位はソンカに終わった。

「3回くらい心臓が止まった」室屋、首の皮一枚での進出に膝から崩れ落ちる

不安定な空模様とホール選手のフライト©Mihai Stetcu-Red Bull Content Pool

 波乱の予感は、大会2日前に発生した台風15号により、にわかに高まっていった。幕張海浜公園の中だけでも、初日から部分的にゲリラ豪雨に見舞われるなど、空模様はまるで落ち着かない。  その後、台風15号が勢力を強めて首都圏に直撃することが予想されると、スケジュールは急きょ変更に。8日の決勝が大幅に繰り上がって、午前10時すぎからレースを行い、午後1時すぎには終わる駆け足モードとなった。  決勝の初戦「ラウンド・オブ14」は、1組目に室屋がベン・マーフィー(イギリス)と対戦した。そこで最初に飛んだマーフィーが57秒897の好タイムを叩き出すと、室屋は0.015秒差の57秒912で敗戦(!)。レース開始から10分も立たないうちに、室屋は崖っぷちに立たされたのだ。

レース前に集中力を高める室屋選手©Predrag Vuckovic-Red Bull Content Pool

 次の「ラウンド・オブ8」に進出するには、敗者復活の1枠のみ。「ラウンド・オブ14」の敗者7人のうち、最も速いタイムを出したfastest loserになるしかない。残る6組のレースを、室屋はハンガー(機体格納庫)から、他力本願のかたちで見守ることとなった。  海から陸からと不規則な風がパイロットたちを悩ませるも、好タイムをマークするライバルたち。まさに室屋が「3回くらい心臓が止まった」と振り返るほどの接戦が繰り広げられた。  この間、海岸のファンもメディアルームも、室屋の生き残りを願う緊迫ムード。1組がレースするごとに歓声と悲鳴と安堵のため息が響き渡った。

接触で破れたパイロン ©Samo Vidic/Red Bull Content Pool

 予選から抜群の安定感をみせていた昨季王者ソンカは、不運とも呼べる風や空気密度などの変化により、オーバーGのペナルティを踏むなどして、ここでまさかの敗退を喫した。また、最終7組目で、予選最下位のチャンブリスが予選1位のファン・ベルデ(スペイン)に勝利。何かの力が働いたかのような、予測不可能すぎるレースをすべて見届け、最後の1枠が確定した瞬間、室屋はホッとした表情になって膝から崩れ落ちた。  その後は、「マシンのようにクールな室屋が帰ってきた」と実況も絶賛。ノーペナルティで、「ラウンド・オブ8」「ファイナル4」ともに、トップのタイムを叩き出した。

室屋選手のフライト ©Jason Halayko/Red Bull Content Pool.jpg


ゴール直後、感涙。ホールは”4”度目の正直でワールドチャンピオンに

 先の記事でも伝えたように、ワールドチャンピオン争いをすると目されていたのは、ソンカ、ホール、室屋。この3選手の中では、ホールだけが一度もワールドチャンピオンを経験していなかった。  オーストラリアの空軍でトップパイロットだったホールは、エアレースにデビューした年に表彰台に上がった初の選手としても期待されながらも、’15年、’16年、’18年ともに総合2位。ワールドチャンピオンは届きそうで届かない悲願のタイトルだった。  ホールはゴールした直後も、その後ハンガーに戻った時も、そして表彰台に登った瞬間も、顔をくしゃくしゃにして涙を堪えていた。その時の気持ちは、興奮という言葉ではなかったという。 「utter relief and absolute gratitude」 つまり、心からの安堵と揺るぎない感謝の気持ちに包まれたのだと述懐する。 「支えてくれたすべての人たち、つまり家族、チームメイト、ライバルの選手たち、大会に携わった関係者、スタッフ、そしてファンみんなのことを考えていたんだ。表彰台のトップに立った時も、真の優勝者はそうした人たちだと思っていた。ぼくなんてちっぽけな人間なんだ」  1ポイント差で破れた室屋は「ぼくよりマットが上だったということ。彼が年間チャンピオンになれて、ぼくも嬉しい」と破顔して、喜びを分かち合った。

右から年間王者になったマット・ホール選手、2位の室屋義秀選手、3位のマルティン・ソンカ選手 ©Joerg Mitter – Red Bull Content Pool

ユーモアと感謝。59歳の功労者チャンブリスは「35歳」を貫く!?

チャンブリス選手のフライト ©Jason Halayk//Red Bull Content Pool.jpg

 レッドブル・エアレースは終了したが、今後もパイロットたちは空を舞台に活躍することだろう。実況だけでなく総合司会で代表インタビューを務めるニック・フェローズ氏は、いつものようにレースと記者会見を情熱とユーモアで守り立てた。  長年の功労者チャンブリスが、最後の大会で2位に輝いたことも「なんていいストーリーなんだ」と熱く実況。最後の会見では、壇上に座った功労者の年数をかさ増ししてイジった。  フェローズ氏がチャンブリスに「30年もの間、レースで活躍できた秘訣は?」と尋ねれば、「ぼくがレースにいたのは、ほんの数年だよ。まだ35才だからね」と、深みのある声でチャンブリスが返す。そして、壇上に並ぶ室屋、ホール、ソンカを讃えると、来月に還暦を迎えるベテランは、「彼らもぼくみたいに35才まで、バリバリで飛べるだろう」と予見して、締めくくった。

10月に還暦を迎えるチャンブリス選手©Predrag Vuckovi–Red Bull Content Pool

 マイクを向けられた選手だけでなく、向ける側のインタビュワー、運営責任者まで、ジョークで場を和ませることの多いエアレース。裏では台風によるスケジュール変更などでピリピリすることも少なくなかったはずだが、それを微塵も感じさせることなく、互いの健闘を労い合って、大会は安全に終わった。  ホールだけでなく、誰もが感謝の言葉を繰り返し語っていたのも印象的だった。そうした人々の感謝の念がエネルギーになって、最後にご褒美として、奇跡的なシナリオで大会がエンディングを迎えられたのではと思わずにはいられない。
取材・文/松山ようこ
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