エンタメ

還暦目前とは思えぬ美しさ…元ピチカート・ファイヴの野宮真貴の60年間

国内外にピチカート旋風を巻き起こす

 野宮を3代目ボーカルに迎え、再出発したピチカート・ファイヴは、1991年より意欲的にリリースを重ねた。その人気に火をつけたといえるのは、1993年に発売したシングル『スウィート・ソウル・レビュー』。カネボウ化粧品のCMタイアップつきだった同曲は、多幸感に溢れたアップテンポなナンバーだ。
プレイボーイ プレイガール

当時のビジュアルは60’sをイメージしているらしい(写真はピチカート・ファイヴ『プレイボーイ プレイガール』CDジャケット)

 同年には、彼らの代表曲といわれることも多い『東京は夜の七時』も発表。この曲は、放送が金曜の“夜の七時”からのバラエティ番組『ウゴウゴルーガ2号』(フジテレビ系)のテーマソングだった。この2曲で、彼らは大衆にピチカート・ファイヴの存在を知らしめていく。  その後も『ベイビィ・ポータブル・ロック』などのヒット曲を世に送り出し、国内外で活躍するも、2001年3月31日に惜しまれながら解散。小西は「今後も再結成、再始動などはありませんので」とハッキリ明言している。

現在はプロデュースや執筆業にも進出

 現在、ソロボーカリストとしてリリースやライブを精力的に行っている野宮。2011年にはソニー・ミュージックアーティスツに移籍して心機一転し、近年は“渋谷系を歌う”シリーズが反響を呼んでいるようだ。
野宮真貴

2013年からは“渋谷系を歌う”シリーズを始動(写真は『野宮真貴、ヴァカンス渋谷系を歌う。~Wonderful Summer~』CDジャケット)

 また、音楽活動のかたわら、元来の興味や関心を活かし、ファッションやヘルス&ビューティーのプロデュース、エッセイの執筆など、幅広く手がけている。なお、小西とは現在でも交流があるらしく、DJとしても活動中の小西のライブに顔を出すと、ピチカート・ファイヴの曲に合わせて歌わされるそうだ。両者にとってピチカート・ファイヴは、青春時代の1ページとして輝かしく残っているのだろう。  ――以上、間もなく還暦となる野宮真貴の軌跡を紹介してきた。思いどおりに行くことばかりでなかっただろうが、常に前へ前へと進み続けてきた彼女からは、好きなことを突き詰めることの尊さがうかがえるだろう。<文/福永全体(A4studio)>
1
2
おすすめ記事