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音楽プロデューサー・佐藤剛氏が語る『純烈物語』が業界的にあり得ない理由

純烈書店陳列 日刊SPA!での連載が書籍化され、重版出来となるなど好評発売中のノンフィクション『白と黒とハッピー~純烈物語』(鈴木健.txt著、扶桑社刊)。その中で、連載が更新されるたびにコメント付きでリツイートし、書籍化されるやどこよりも早くレビューを執筆した音楽プロデューサーが佐藤剛氏である。  同氏は純烈が紅白歌合戦初出場を果たすよりも前に健康センターまで直接会いにいき、その可能性を見いだした人物であり、音楽的評価をされていなかった同グループの“本丸”を見抜いた人物として同書にも登場する。かつては甲斐バンドのマネジャーを務め、プロデューサーとして多くのアーティストを発掘してきた佐藤氏に、改めて『純烈物語』読後の感想とその意義を語っていただいた。

純烈は業界の基本ルールを全部壊している

――佐藤さんがまだ世間規模の存在となる前の純烈に着目したのはなぜだったんですか。 佐藤:僕は大学を出て音楽業界に入りましたが、芸能界に取り込まれるのが嫌で、ずっとロックの方で仕事をしていたんです。でも、2009年に初めて由紀さおりさんのプロデュースを頼まれてお手伝いして、そのあとに小林幸子さんのニコ動との連動をやって、その一方ではオルタネイティブ、新しいものを見つけては自分が気に入ったら力になりたいと思っていたんです。  音楽シーンを変える人が出てくるとしたら、それはいつなんだろう……と思うなかで、ひとつはLittle Glee Monsterが出てきた時にライブハウスを見に行って、「世界で初めてのグループに育つかも……」と感じて応援団のようになった。その頃かな、信頼している編集者に「何か面白い動きはない?」って聞いたら、いくつかあげられた中で、純烈の名前が出てきたんです。「歌は素人っぽいんだけど、何か惹きつけるものがあるんですよ」って言われて。  それで2017年に、自分もスーパー銭湯が好きだし、ちょうどいいやと思って草加健康センターまで会いにいったんですね。ちょうど昼の部が終わって、楽屋代わりの大広間でくつろいでいるからと言われて入っていくと、酒井一圭さんが一人でやってきた。そして「自分もロックをやろうと思っていたんですけど、中村一義さんのアルバムを聴いて、これは俺には無理だと思ってやめたんです」と言ってきた。自分がプロデュースしたアルバムを聴いた若者から、十数年後にそんなことを言われたら嬉しいじゃないですか。  よくよく話を聞いてみると、ロフトプラスワンのブッキングマネジャーをやっていたとか、僕と同じように新しいもの、オルタネイティブなもの、サブカル的なものにアンテナが効いている人なんだと。そのあと、夜の部のステージを見たら、純烈が何をやりたいのかすぐわかったんです。「これは面白いことをやっているな」とワクワクして、なんとか力になりたいなと思った。  だって芸能界の基本ルールを全部壊しているんですから。芸能人だったら、まず芸能人の自分と観客を必ず分けるのに、純烈は分けていない。ラウンド(歌いながら客席スペースを練り歩く)は、パンクバンドがうまく演奏ができなくて、思わず客席にダイブで飛び込んでいくロック衝動と同じように感じた。酒井さんの話を聞いていたので、そのことにピンときたんです。これは、日本のエンターテインメントに革命を起こすためにやっているんだなって思いましたね。
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純烈を見た時のショック
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白と黒とハッピー~純烈物語

純烈が成功した戦略と理由がここに
「夢は紅白!親孝行!」を掲げ、長い下積み時代を送ってきた純烈がいかに芸能界にしがみつき、闘ってきたのかを、リーダー酒井のプロレス活動時代から親交のあるライター鈴木健.txtが綴ったノンフィクション


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