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徹夜続きの東京暮らしから郷里へ。18㎡の自作小屋が変えてくれた人生観

電動工具はドリルだけ。自分ひとりで、重機を使わずにつくる

 近所の叔父さんから土地を借りてアトリエを建てることにしたが、主な材料とする長さ3mのヒノキ材を効率よく使うため、3×6m分の建物が納まる平らな一角を切り開く。  小屋のそばのヤマハンノキは、そのまま入り口正面に残すことに。約3mの幅は自分には狭いだろうと予想して、ロフトを設置。立って歩けるようにと、屋根は急な勾配とした。
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ロフト空間は人が立てる高さを確保。勾配に沿った天井面には漆喰を塗った。漆喰も成瀬さんひとりで施工。塗る漆喰を載せるコテ板も自作した。妻面の三角窓は両面に付いている

 実際に建てていくなかで、成瀬さんはみずからにルールを課した。それは「自分ひとりで、重機を使わずにつくること。電動工具もドリル以外は使わない」。なんともストイックに聞こえるが、わき起こってきた心の声に従うことを選択した。
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アトリエの間取り図

「初めは電動工具を手にしたのですが、自分の力以上のことが簡単にできてしまうことに違和感を覚えて。人が快適さを求めて自然に対して働きかけていくときに、ひとりの労力だけでできることにとどめておけば、人間と自然のちょうどいい接点が見えてくるのではないかと思ったのです」。こうしてつくられているからこそ、その佇まいは、ほどよい柔らかさと心地よさに満ちている。そこには、成瀬さん自身の姿が重なる。
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クリの木で製作したカウンターテーブルは、玄関脇の窓辺にピッタリと納まる。テーブル上にカセットコンロを置き、コーヒーを淹れられるようにした。流しはまだ未完成だ

 ここで仕事を始めて生活にも変化が生まれた。週に2回は趣味のクライミングに足を運ぶようになったのである。「東京に暮らしていたころは徹夜することも多かったのですが、クライミングの時間をもっととりたいと思うようになって」。いまではインストラクターの資格を取り、毎週講習会を行ってもいる。
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ランタンに火を灯す成瀬さん。クライミンググッズのメンテナンスをこの小屋ですることも

 春はツツジが咲き乱れ、夏は濃い緑に覆われる。見事な紅葉の秋を経て、雪に包まれる冬――小屋で接する豊かな自然に触発されたのかもしれない。そんな小屋がもたらす暮らしが、成瀬さんの人生観をも変えようとしている。 写真/高橋郁子(たかはし・いくこ) 1980年生まれのフリーランスフォトグラファー。暮らしやアウトドアの分野を中心に、広告、書籍などで活動中。ikukotakahashi.com 取材・文/加藤 純(かとう・じゅん) 建築ライター/エディター。大学で建築を学んだ後、建築専門誌の編集部を経てフリーランスに。建築デザイン分野を中心に、各種出版物やWebコンテンツの企画・編集、取材・執筆を行う。著書に『日本の不思議な建物101』『「住まい」の秘密』など。“空間デザインの未来をつくる”「TECTURE MAG」チーフ・エディター
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小屋のすべて (扶桑社ムック)

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