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薬師丸ひろ子、かとうれいこを発掘。美少女写真家が語る「ダイヤの原石」の探し方

日本の「巨乳」ブームに一役買う

 会田は、日本の「巨乳」ブームにも一役買っていた。  ’80年代末に発生した「巨乳」ブームはその後も冷めることなく、今やすっかり定着した感があるが、ブーム勃興当時、かとうれいこを見い出していた。 「’88年に僕が見つけて撮影し、グラビアデビューさせた(当時の芸名は星野裕子)。当時は、映画のオーディションをやるからと参加費をとって、映画の撮影には一向に入らない……そんなインチキな会社が結構あった。その会社から『かわいいコがいる』と紹介されたのが彼女。写真を撮ってみると、確かに、コケティッシュな魅力があり、かわいいし、何よりバストが大きい。ただ、健康的な美しさでいやらしさを感じさせない。当時としては、珍しいタイプのグラビアモデルでしたね」  同時期、巨乳ブームの先駆けとなったタレント・堀江しのぶがガンを患い、所属事務所・イエローキャブ社長の野田義治は、堀江の後継を探していたが見つからず焦っていた。そんな折、ほしののグラビアを雑誌で見かけた野田は、撮影した会田のもとへ走ったのだ。  18歳でデビューすると、清純派らしい透明感と独特のミステリアスな存在感で一躍人気女優となった葉月里緒菜(現在は里緒奈)も、会田に発掘され、芸能界に送り出された1人だ。 「葉月里緒菜は、僕が付けた芸名です。当時、ノーベル賞を取った江崎玲於奈から名前は里緒菜に。彼女が日本に来たのが’92年の8月だったので苗字は葉月(陰暦で8月)にした。葉月の父親は日本企業の米シカゴ支社長で、家族でシカゴ在住。たまたま夏休みで東京に帰省していたところ、 知り合いだったキャバレーのスカウトマンから紹介された。  会ってみると『女優になりたい』と言うので、試しにプロフィール用の写真を撮ってみたら、すごく映りがよかった。ある芸能事務所が引き受けるというので、渡米して彼女の両親を説得しました」  葉月は弱冠19歳で、’95年公開の映画『写楽』で共演した俳優・真田広之と不倫関係に。「恋愛相手に奥さんがいても平気です」と語ると“魔性の女”と呼ばれた。その後も当時メジャーリーガーのイチローと恋愛関係になり渡米するなど、著名人と浮名を流したが、デビュー前、すでにその片鱗を見せていたという。 「確かに魅力的だったが、とても奔放な子で……。日本に連れて帰って2週間くらい経った日、彼女が大泣きしていて……。話を聴いてみると『私、もう2週間もセックスしてない!』って言うんです(苦笑)」  薬師丸ひろ子が主演した『野生の証明』は、角川春樹が小説と小説原作映画を同時にリリースするメディアミックスの端緒となり、角川映画は後に多くのヒット作を連発。  かとうれいこが世に出なければ、日本の巨乳ブームは黎明期に勢いを失っていたかもしれない……。  また、10代で女優デビューした葉月里緒奈は、ティーンエイジャー特有の清純さの中に後に“魔性の女”を呼ばれることになるアンビバレントな魅力を併せ持っていた。「10代の女のコ=清純」ではない、新たなタイプの女優だった。  さらに、入江紗綾、小池唯を会田が発掘していなければ、’07年の「ジュニアアイドル」ブームはあれほど盛り上がらなかったかもしれない。 「いろんな女の子を業界に送り出してきたが、どこを見れば将来スターになるかわかるような、わかりやすい物差しなんてない。ただ、見た瞬間、『この子は売れるな!』と直感が働く。  ただ、いろいろなタイプの女性をデビューさせてきたが、共通点が1つある。育ちというか、品がない子はいくらキレイでかわいくてもダメですね……」
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『久しぶりに撮ってみたいな』と思った女性
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