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元サッカー日本代表・内田篤人を世界レベルに押し上げた“察知力”

「あっ、えーとね……」内田の優しさが垣間見えた

 また、筆者は代表戦後のミックスゾーンでも内田の察知力を実感した瞬間があった。’15年3月31日に行われたJALチャレンジカップ2015の対ウズベキスタン戦。5-1で勝った試合後のことだった。  いつものように内田は他のどの選手よりも早く、シャワーを浴びた髪も乾かぬうちにやって来た。内田の周りに一瞬で人だかりができる。これは当時の代表戦では恒例の光景だったのだが、最初に現れた内田の周りに数十名が集まり、その後本田圭佑、香川真司らが来るごとに記者たちは分散。最終的に内田を囲む記者は4、5人となるのだが、筆者は極力長く内田の話を聞くようにしていた。試合直後にも関わらずいつでも頭の中が整理されていて、彼に質問すればピッチ上で何が起きていたかがつぶさに分かったからだ。  記者もまばらになった取材終盤、私がいくつか質問し終えると、隣にいた別の記者が口を開いた。 「乾選手とは一緒にプレーしてみていかがでしたか?」  この日の日本代表のシステムは4-2-3-1。この当時、右SBの内田の一つ前、右SHには本田が入ることが多かった。だが、この日は後のロシアワールドカップで不動の左SHとして活躍した乾貴士が、珍しく右SHとして出場していたのだ。内田と同サイドでプレーするのは初めてのことだった。 「左利きの本田さんとは持ち方が違うので、縦に当てる時にどういうボールを付けるかというのは意識していました」  と、ここまで話したところで「あっ、えーとね……」と言って内田が説明の仕方を変えた。 「本田さんは左利きなので、右サイドで持ったらドリブルで中に切り込みながら持つ形が得意なんですね。メッシとかロッベンもそうで、左足で持ちながら中に持ち込むとシュートとパス、どちらも狙える形を作れるから。それに対して右サイドで右利きの選手がプレーする時は縦に運ぶプレーが多くなるんです。だから今日は、相手DFから遠い右足の外側あたりに縦パスを付けるように意識していました」  軽い身振り手振りも交えながら、誰にでも分かるよう丁寧に説明し直した内田。実は直後に分かったことなのだが、聞けばこの記者は一般紙の記者で、この週にスポーツ面を担当する部署に異動してきたばかり。この日が初めてのサッカー取材で、競技経験もなかったのだそうだ。内田は最初の説明を聞く記者の表情から「あまり伝わっていないかもしれない」と読み取り、すぐさま説明の仕方を変えたのだ。  本来、日本代表を取材するのであればサッカーに関する相応の知識を持った記者を派遣するべきだろう。何らかのやんごとなき事情があったのだと思うが、目の前にいる相手は内田篤人だ。日本歴代でも最高の選手の一人である。選手によっては「そんなことも分からないのか」という思いから、簡潔なコメントだけで済ませてもおかしくない場面だろう。試合後の疲れもある中だからこそなおさらだ。だからこそ、相手の様子を見て嫌な顔一つせず説明し直す内田の姿は、当時実に印象的に映ったのだ。相手に順位を付けず、誰にでもフラットに接する彼らしい行動だった。  世界の舞台で何度もチームを救ってきた、内田篤人の類稀な察知力。それを可能にさせていたのは、おそらく明晰な頭脳だけではない。根底にあったのは、自然と相手の気持ちを読み取ろうとする彼の生来の優しさだったのではないか。引退発表後に世に溢れ出た彼の数々のエピソードを読むにつけ、改めてそう思うのだ。 文/福田悠 写真/扶桑社
フリーライターとして雑誌、Webメディアに寄稿。サッカー、フットサル、芸能を中心に執筆する傍ら、MC業もこなす。2020年からABEMA Fリーグ中継(フットサル)の実況も務め、毎シーズン50試合以上を担当。2022年からはJ3·SC相模原のスタジアムMCも務めている。自身もフットサルの現役競技者で、今季は神奈川県フットサルリーグ1部HONU(ホヌ)でゴレイロとしてプレー(@yu_fukuda1129
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