更新日:2021年01月05日 15:19
恋愛・結婚

僕と僕の係長/でこ彦<第1話>「僕が女だったら抱きしめてくれますか」

―[僕と僕の係長]―
 青年は恋をした。相手は職場の係長。妻がいて、子どももいる。勢いあまってゲイだと告白しても、係長は「おや、そう」と驚きながらも受け止めてくれた。そればかりか、「お前が女だったら」とも言ってくれた。  青年は恋をした。相手はみんなの係長。僕だけの係長であってほしい。そう願う青年の、実話に基づく純愛物語、ここに開幕。

【第1話】「僕が女だったら抱きしめてくれますか」

 係長には3人の子どもがいる。そのうち末っ子は僕たちの間の子だと思っている。今年で3歳になる。  僕たちというのは僕と係長のことだ。  係長の奥さんが臨月を迎えた3年前の9月、僕と係長は初めて会話を交わした。その日より現在にいたるまで牛・豚・鶏など各種の肉を食べ、日本酒・焼酎・ワインなど各種の酒を飲み、仕事・趣味・過去の話を交わし、親交を深めていった。僕と係長が過ごした日数はそのまま子の齢と等しく、だから僕たちの子だと思っている。写真を見せてもらうたびに大きくなるその成長ぶりが愛おしい。 「お前のせいでベルトの穴がまたひとつ広がった」と係長が言った。いつもの居酒屋から駅に向かう道である。 「お前と会うと食べ過ぎてしまう。だから会うのはこれで最後だ」と続けた。 「まさか」と泣きそうになる。およよと僕がすがりつくのを見越してか、係長は身をかわして走りだした。いたずらっぽい顔を見れば「これで最後」は嘘だとすぐに分かった。  僕を置いて改札へ続く階段をひとり駆けあがっていった。満腹だという割に身軽な動きだった。スーツの張り付いた太ももが人混みの中まぶしい。  遠くなる背中を見つめていたら係長が急にピンと立ち止まって振り向いた。さまよう視線が僕を捕えた。そらされないよう慌ててバイバイと手を振るとヒラヒラとあおぎ返してくれた。5歳上の係長が、参観日に母親を見つけて照れる小学生のようだった。  うしろ姿が消えたあとも立ち去ることができず、周りの人たちにあれは僕の係長なんですと教えて回りたくなった。  僕の係長といったものの、恋人でもなければ上司でもない。一方的な恋である。末っ子を僕たちの子と認識していると教えでもしたら軽蔑されるだろう。  係長にとって僕は何なのだろうか気になる。僕ひとりが盛り上がっているだけだろうか。係長は「何も関わりのない人。知らない人」と言ったことがある。僕はそれを冗談と笑って聞き流したが、もしかすると本気で言っていたのかもしれない。少なくとも3年前は同じ職場の先輩と後輩だったが、部署異動をした今は何と呼ばれるべきか、確かに分からない。
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僕は仕事ができなかった。
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'87年生まれ。会社員。Webメディア『telling,(テリング)』で「グラデセダイ」を連載中。好きな食べ物はいちじくと麻婆豆腐

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