青年は恋をした。相手は職場の係長。妻がいて、子どももいる。
勢いあまってゲイであると告白しても、係長は「おや、そう」と驚きながらも受け止めてくれた。
そればかりか、「お前が女だったら」とも言ってくれた。
青年は恋をした。でも相手はみんなの係長。
僕だけの係長であってほしい。
そう願う青年の、実話に基づく純愛物語、ここに開幕。

【第5話】勃起した小山くんは「ホモじゃねーから」と短く叫んだ
ふと想像することがある。係長が同じ中学校にいたら、好きになっただろうか、と。学ランを着た係長を思い浮かべる間もなく答えは出る。恋をしたに決まっている。サッカー部が持つエナメル素材の四角い鞄を肩に提げた係長が「やい、もっと食わないと身長伸びないぞ」と僕のお尻を蹴っただろう。僕の係長は意地悪なのだ。
職場で電話が鳴るので出ると、相手は無言である。どうしたものか慌てていると、電話口で「俺だよ。びっくりした?」と係長が種明かしをする。いたずらが成功した係長は毎回嬉しそうに笑った。この遊びは定番となり、通話の途中でいきなり無言になるなど、パターンを変えながらしばらく続いた。ある日、無言電話に「んもう!」と先制したところ、お客さんからの電話だったことがあった。受話器の音量が最小になっていたらしい。その失敗を報告すると、係長はそれも自分のいたずらだと言わんばかりにカラコロと笑った。
意地悪なだけではない。係長の部署の部屋に入ると「部外者は入ってくんな」と追い返されるが、引きずり出された廊下では「次、いつ飲みに行こうか」と手帳を広げてくれる。そして「ちゃんと働けよ」とお尻を蹴って去っていくのだ。
係長は今まで好きになった誰よりも意地悪がうまい。僕は意地悪な人が好きなのだ。
中学に上がり、新たに知り合った男子は僕を「女っぽい」とかついだ。筋肉のない体が女っぽい。背中や耳を触ったときの反応が女っぽい。黒板消しの使い方すら女子よりも女っぽい。誰が軽々と僕を持ち上げられるか力自慢を競った。僕は文字通りかつがれていた。
「お前を男塾に入れてやろう」と教室の後ろに僕を呼び、ガンの飛ばし方や粗暴な言葉遣いをレクチャーしてくれる同級生もいた。「パンより米を食え」「果汁100%のジュースを飲むな」など「男らしく」なるためのアドバイスをもらった。しかし、多くはトイレの個室に連れこんでハグされたり、膝の上に座らせて羽交い締めされたり、すれ違いざまにお尻を揉まれるなど、性的なニュアンスの含まれた交流だった。多少乱暴な扱いであろうと、僕は構ってもらえるのが嬉しかった。「いじめる」や「いじる」ほど不平等な関係ではなく、「からかう」ほど悪意も感じられず、「構う」としか言いようのない意地悪さが心地良かった。
と同時に、男に構われるのが好きな僕はやはり男が好きなのだろうか。それとも本当は女が好きなのだろうか。その疑問を常に抱えていた。