恋愛・結婚

僕と僕の係長/でこ彦<第2話>「“おかま”と拒絶され続けた僕の唯一の救い」

―[僕と僕の係長]―
 青年は恋をした。相手は職場の係長。妻がいて、子どももいる。勢いあまってゲイだと告白しても、係長は「おや、そう」と驚きながらも受け止めてくれた。そればかりか、「お前が女だったら」とも言ってくれた。  青年は恋をした。相手はみんなの係長。僕だけの係長であってほしい。そう願う青年の、実話に基づく純愛物語、ここに開幕。

【第2話】「“おかま”と拒絶され続けた僕の唯一の救い」

 僕の係長とは約15センチの身長差があり、表情を確かめるにもぐいっと覗き込まないといけない。その首を伸ばすときの負荷が僕には最も心地よい。体に染みついたのか、それよりも首がキツいかラクかで横に立った人の身長を計測できるようになった。1センチ単位で言い当てられる。  反対に係長は首を無理に動かさなくともこちらがよく見えるらしい。トイレで横に並んだときに僕の手元を覗き込むフリをしてきたことがある。慌てて隠すと「嘘だよ。見ないよ」とほくそ笑んだあと「お前こそ見るなよ」と制した。 「見たいけど、我慢します」 「我慢ってなんだよ」  呆れた顔をされた。  先に用を足し終わり、手を洗いながら鏡ごしに係長の後ろ姿を覗くと、その手元にぶらんと黒い影が見えた。 「夜、焼き鳥食い行くか」  正当な手続きを踏まずにちんこを見るのは違う気がしたので咄嗟に目を逸らして「はい」と返した。  僕以外の男子にもちんこがついていると知ったのは小学5年生の秋だった。  遠足のバスの中で同じクラスの梅野さんから「あそこってパンツの中でどうやって収納しとるん」と聞かれた。梅野さんは映画『タイタニック』が流行したときに自分の胸を揉みながら「パイパニック!」と叫んで追いかけてきたり、ディープキスとかペッティングとかそういう言葉を誰よりも早く仕入れてくる女子だった。  僕は「分からない」と答えた。かまととぶるつもりはなく、ちんこについて考えたことがなかったので、普段パンツの中でどういう具合になっているのか本当に分からなかったのだ。  梅野さんは続けた。「糸原くんは上向きだって教えてくれたよ」  バスの一番後ろの席に座る糸原くんを見た。制服のズボンを穿いているのでちんこは見えない。その隣の中谷くんも見た。ちんこは見えない。そしてその隣の井上くんも。バスを見渡すと半分が男子だった。みんなズボンを穿いていた。  そのとき僕は初めて男子にちんこが付いていることを理解した。ズボンのその奥にちんこがぶら下がっている。大発見だった。10歳の僕は、走る自動車のすべてに運転手が乗っていること、通り過ぎていく家ひとつひとつに人が住んでいることを知らなかった。みんなの制服の下に肉体があると考えたことがなかった。見える範囲がすべてだった世界に奥行きが生まれた。これを「ものごころがつく」と呼ぶのだろうか。  ひと皮むけた僕は男子の股間を注視するようになった。他のちんこがどういうものか、自分の収納具合が正しいのか気になりはじめた。  梅野さんがしたように男子にあっけらかんと聞けば解決するが、あいにく男友達はいなかった。男子からは「おかま」とからかわれていた。女子と遊び、女子と登下校する存在は目障りだったのだろう。  担任教師や両親からも女子とばかり遊ぶなと叱られたが、男子とのコミュニケーションに必要不可欠なアニメやゲームや漫画は我が家では禁止されていた。提供できる話題といえばファンタの新発売の桃味がおいしいとかおすすめのシャンプーである。  叱っても改善しない息子の「おかま」っぷりが親は気がかりだったようで、風呂上がりにタオルを胸まで巻いたり、洗面台のビューラーを手に持つなど兆候を見せればすぐにすっ飛んできて頬を引っ叩いてやめさせた。
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ちんこに興味を持つ僕は確かに「おかま」なのかもしれない。
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'87年生まれ。会社員。Webメディア『telling,(テリング)』で「グラデセダイ」を連載中。好きな食べ物はいちじくと麻婆豆腐

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