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実家暮らしの40歳独身、真面目で不器用な男が壊れる──大杉漣との約束を果たした映画『夜を走る』

むしろ本作はコメディ

夜を走る そうして生み出された、幾重もの解釈が成り立つラスト――。2人は対照的な人生の新たな一歩を踏み出していく。 「秋本は日常からどんどん離れ、倫理や社会を越えたところで解放されていく。一方、谷口は事件を“大したことではない”と捉え、日常を生きていこうとする。倫理的にはリスキーなテーマですが、“罪と罰”という観点から僕は描いていない。そこに実はあまり興味はなく、むしろ本作はコメディと思っているくらいなんです。俳優たちにも撮影前に、“軽やかな映画を作りたい”と伝えました」  謎の団体を巡るエピソードも、妙にリアルでうさん臭く面白い。 「傍から見るとうさん臭いですが、内部の人たちにとっては真実そのもの。今回、敢えてそういう団体を取材しなかったのは、『教誨師』での経験が大きいかもしれない。『教誨師』は“対話によって何かを導き出していく”ことを描きましたが、そこに一切の嘘がないように心がけたんです。 今回はその真逆――対話をすべて嘘で固めてみたらどうなるか、ということをやってみよう、と。ただ主宰者・美濃俣(宇野祥平)自身は、嘘をついている気はまったくない。その辺りのバランスやキャラクターの作り方にも腐心しました」

あやうく自分が勧誘されそうになった(笑)

 団体を訪れた秋本の初日の体験は、ショッキングだが同時にどこか笑えてしまう。“きっとあるある!”と、より興味を掻き立てられる。 「あのシーンは暴力すれすれで、同時に何かを啓発し、そこで笑いも生まれる、という見え方を考えたシーン。できるだけバカバカしく大仰に、と心がけて撮影に臨んだのですが、周りを囲まれて大勢に“おめでとう!”と拍手されたら、意味もなく嬉しくて高揚しちゃって。あやうく自分が勧誘されそうになりました(笑)。ちょっと不思議な体験でしたね」  劇中“幻覚”か“妄想”か、現実の中に“異世界”がすっと入り込む。それが独特の浮遊感や、解釈の自由と多様性を与えている。 「日常にふと異世界のものが入り込む瞬間って、実際にもあると思うんですよね。それを映像として見せたい、という思いもありましたし、自分自身もそれが観たかったんです」  自分が観たいと思う映画を楽しみながら作ったという佐向を筆頭に、秋本役の足立智充、谷口役の玉置玲央も、もっと世界に発見されてしかるべき逸材だ。見事、出色の異色作である。 夜を走る 脚本・監督/佐向大 出演/足立智充 玉置玲央 菜葉菜 高橋努ほか 配給/マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム 5月13日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次公開 【佐向 大】 ’71年、神奈川県横須賀市生まれ。自主制作の『まだ楽園』(’06年)が劇場公開される。監督作に『ランニング・オン・エンプティ』(’10年)、『教誨師』(’18年)など。脚本に『休暇』(’08年)、『アブラクサスの祭』(’10年)など 取材・文/折田千鶴子 取材/村田孔明(本誌) 撮影/山野一真
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