更新日:2022年08月31日 11:12
仕事

アンナミラーズ、女子大生バイトの思い出「従業員を名前で呼び合う不思議な世界」

「アンナミラーズ」最後の路面店、アンナミラーズ高輪店が8月31日に閉店します。 アンナミラーズ今年6月に閉店が発表されてからというもの、連日ものすごい数の客が店を訪れ、かつてないほどのにぎわいをみせているというニュースを見かけます。 肉まん・あんまんで有名な井村屋グループ株式会社(当時は井村屋製菓株式会社)が、1973年にアンナミラーズの日本1号店を青山にオープンしました。アメリカ料理とホームメイドパイを提供するレストランチェーンとして、通称「アンミラ」と親しまれ、店舗は青山、赤坂、自由が丘、広尾、駒沢など、おしゃれな街に出店。日本国内だけで最大20店舗出店されました。1ピースが大きめで値段も高めのパイをメインにしたファミレスも珍しかったと思いますが、一番の人気はやはりあの制服と言えるでしょう。

アンナミラーズでバイトした私だからこそわかる魅力

閉店発表後、いろいろな記事やコラムを目にしましたが、そのほとんどはアンナミラーズを外側から見て書かれたものでした。アンナミラーズ高輪店、渋谷店でバイトした経験を持つ筆者は、古いアルバムから当時の写真を探しました。ウエイトレスとしてアルバイトしたからこそ話せるアンナミラーズの魅力を記録しておきたいと思います。
アンナミラーズでバイトしていた当時の筆者(右)

アンナミラーズでバイトしていた当時の筆者(右)

アンナミラーズを知ったのは、東京の女子大生の青春をリアルに描いて当時人気だった吉田まゆみの漫画の中に登場していたからです。キラキラした東京の女子大生の憧れのアルバイト。当時、アンナミラーズでアルバイトをしたくて集まってきた女子大生のほとんどは「あのカワイイ制服を着たい!」と思っている子たちでした。もちろん私も。着たい制服で言うと、アンナミラーズか、スペアリブのレストランチェーン店「トニーローマ」で迷ったという子が多かったのです。 今回この記事を書くにあたって調べてみると、今のトニーローマの制服は普通の地味なものになっていました。今回、アンナミラーズは閉店してしまうけれど、最後まであの制服が変わらなかったというところも凄いなと、あらためて思いました。

先にバイトしている先輩は「さん」付けで呼ぶ

高輪店~渋谷店がオープンしたアンナミラーズ全盛期の頃、アルバイト情報誌「FromA」でアンナミラーズのバイト募集を見つけて応募して、面接を自由が丘店で受け、高輪店で働き始めました。高輪店は品川駅から横断歩道を渡った正面のビル「Wing高輪」の2Fにありました。
アンナミラーズ高輪店でバイトしていた筆者(右から2番め)

アンナミラーズ高輪店でバイトしていた筆者(右から2番め)

制服はピンクとオレンジの2色があり、ベージュのストッキングに白のデッキシューズ、真っ赤なハート型のネームプレートにはファーストネームが英表記。お互いに名前で呼び合う感覚が最初はちょっと照れくさく不思議な感じでした。 年齢は関係なく、アルバイトを始めた日が早い人を「きよりさん」など名前のさん付けで呼び、自分より後に入った人のことは「きより」と呼び捨てというルールで、キッチンボーイら男子のことも名前で呼びます。友達でも彼氏でもない男子を、バイト初日から先輩なら「レオさん」、後輩なら「レオ」といった具合に呼ぶちょっとした違和感。店長である井村屋の社員の男性のことも「アキラさん」など名前で呼ぶ決まりが、なんともむずがゆい感じでしたが、すぐに慣れてました。
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制服のリボンは●●が結ぶ!?
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