58歳男性、還暦目前で「幼い頃の夢=漫画家」に挑戦。報酬はいくら稼げるか
好きなことで生きていく——。若かりし頃はだれもが「夢」を見ていたはずだ。しかしながら、それを追い続けることは簡単ではない。ほとんどの人が自分の才能の無さに気づき、「これでは食っていけない」。現実と向き合うなかで夢を諦めざるをえなくなる。
早いもので今月で59歳になります。振り返ると、恥の多い人生でしたがけっこう幸福でした……でも、一つだけやり残した夢があります。“マンガ家になること”です。
私は幼少期からマンガが大好きで、数々の名作に笑い泣き感動。そして、短い漫画やイラストを描いたりしていました。
マンガ家になりたい! そう思ってはいたものの、いくつもの困難が子どもだった私を現実へ追いやりました。
たとえば、小学校の校内写生大会。田舎なので校舎の外へ出れば、そこには豊かな自然が広がり、素材には事欠きません。マンガ家を目指す者として頑張らねば! と思い、自分の考えるベストスポットに腰を据え、風景画を描き始めました。
しかし……何ともうまくいきません。
懸命に描く私の後ろに下級生たちがやって来ました。
「ぷっ、へたくそ!」
それを合図に数人から笑いが起こりました。
「やめなさい!」
騒ぎを見た女性の先生が下級生たちをたしなめました。そして、私の風景画を見た彼女の表情が一瞬凍りつきました。ただ、先生はすぐに笑顔を取り戻し、こう言ってくれたのです。
「個性ってそれぞれだからね」
先生の優しさを感じながらも、「やっぱり……」という想いが小6男子の胸に広がっていきました。
それでも、若さゆえに夢を追い求めようとしました。当時、いろんな雑誌に読者によるイラストの投稿コーナーがありました。私はハガキの裏にマンガのキャラクターや映画俳優などの似顔絵を描き、ドンドン送ってみたのですが、一回も採用されることはありませんでした……。
自分の画力の無さを何とかしようと、高校では美術部に入っていました。放課後、毎日、部室に通い石膏像の前に座ってデッサンを続けました。半年、1年、2年……しかし、まったく上達しません!
進路を考えなければいけない頃、顧問の先生に美術学校進学について何となく相談してみました。真面目で生徒思いのS先生は、しばらく考えた後、こう言いました。
「梅本くん、進む道は他にもたくさんあるよ」
当然のアドバイスです。自分でも絵の才能の無さは分かっていましたから。そんなこんなで、私のマンガ家への夢はついえたのです。
一般的な会社員の仕事を捨て、現在はタイ・バンコクにてフリーライターとして活動する梅本昌男(58歳)。還暦は目前、人生終盤に差し掛かり、どうしても叶えたかった夢がある。今回は、そんなアラカン夢追い人のリアルを紹介しよう。
下級生に絵を笑われた小学校時代
美術部の優しい先生に「進む道は他にもあるよ」
バンコク在住のフリーライター。タイを含めた東南アジア各国で取材、JAL機内誌スカイワードやアゴラなどに執筆。観光からビジネス、エンタテインメントまで幅広く網羅する。NHKラジオなどへの出演も行っている。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。
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