医師を目指す元プロ野球選手の本音と信念「プロよりも一般の世界で頑張る人のほうが凄い」
毎年、年の瀬が近づく頃になると戦力外通告を受けたプロ野球選手の去就はほぼ決まってくる。トライアウトはもはや形骸化しており、球団が獲得を希望する選手には開催前に球団から声をかけられ、メディカルチェックの場としてのみ使われる場合がほとんど。多くのクビになった選手たちにとって、トライアウトは“最後の晴れ舞台”となっているのが実情だ。
アスリートのセカンドキャリアが切実な問題として取り上げられている昨今、5人の元プロ野球選手が第二の人生で成功を収めようともがく軌跡を描いているのが『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』(KAD0KAWA)だ。
かつて、引退後に野球界に残ることができなかった者は、焼肉屋、スナックといった飲食業を手がけることが多かった。ここ近年では国会議員、大学教授、会社社長、公認会計士、司法書士としての第二の人生を歩む者も出てきているものの、医者、弁護士になった者はまだ誰一人としていない。
メジャーを見ると、かつて広島カープ初優勝時(’75年)の主力だったゲイル・ホプキンスがカルフォルニア州で整形外科医になったのは有名だ。近年ではカージナルスの一塁手だったマーク・ハミルトンが’14年に引退後、ドナルド・アンド・バーバラ・ザッカー医科大学へと入学。一昨年4月に卒業し、現在はニューヨークのメディカルセンターで勤務しているという。さすがはメジャー、スケールが違うと感嘆するしかなかったが、ついに日本のプロ野球界でも医師を志す人間が現れた。
‘20年10月、元DeNA投手の寺田光輝が東海大医学部に編入学することが決まり、話題をさらった。
「’18年オフに戦力外通告を喰らって、2〜3日後には医学部を受験すると決めました。祖父の代から医者家系でもあり、長男の自分としては頭の片隅に医者という選択肢があったんです」
涼しい顔をしながら話す寺田は、セカンドキャリアを逡巡することもなく、あっさりと本能に従うがごとく決めた。野球選手でありながらも寺田の頭の片隅にはずっと“医学”の二文字がこびりついていたのだという。
寺田家は三重県伊勢市にある伊勢神宮の目の前にあり、父方の祖父と叔父は産婦人科医、父・晃氏は三重伊勢市で内科・胃腸内科を診療科目としている「寺田クリニック」を開業し、父のいとこは外科医という、医師家系でいわば地元の名士でもある。
「両親から勉強をしろと言われたことは一度もありません。野球も自由にやらせてくれましたし、進路についてもああだこうだと言われなかったし、今思えば、子どもの考えをきちんと尊重してくれたんだなと思います。高校は父も通っていた地元の伊勢高校へ進み、そこで野球部に入りました。実は、母方の祖母の家が伊勢高校の近くにあり、伊勢高で野球をやっている姿を見たいのが祖母の願いでもあったのもありました」
小中学校とも成績が良く、三重県の公立御三家の進学校伊勢高に入学。プロに入るくらいだから、小学校から地元では怪童と呼ばれたり、中学校や高校では天才、怪物と持て囃されていると思ったが……寺田は中学校以降レギュラーになったことがない普通以下の選手だった。
「僕は文武両道なんかじゃないです。野球なら野球、勉強なら勉強とひとつのことに集中するタイプだったので、高校時代は学年でも下から10位以内でした。320名いるんですけど、319番だったこともあります。ひとり退学してしまったので、実質ビリです。野球も下手くそだし、中学以降ずっとベンチですから」
自虐的なギャグだと思えるほど自分をディスる寺田を見て、なんだか不思議な感覚に陥った。話を盛っていないし全部本当のことだ。ただ、言葉とは裏腹に身体の中に熱が滞留しているかのように、一本筋が通った誇りに似たなにかを感じた。
プロ野球の世界から医学の道へ
現役時代から頭の片隅には“医学”の二文字が
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1968年生まれ。岐阜県出身。琉球大学卒。出版社勤務を経て2009年8月より沖縄在住。最新刊は『92歳、広岡達朗の正体』。著書に『確執と信念 スジを通した男たち』(扶桑社)、『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』(KADOKAWA)、『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『偏差値70の甲子園 ―僕たちは文武両道で東大を目指す―』、映画化にもなった『沖縄を変えた男 栽弘義 ―高校野球に捧げた生涯』、『偏差値70からの甲子園 ―僕たちは野球も学業も頂点を目指す―』、(ともに集英社文庫)、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『史上最速の甲子園 創志学園野球部の奇跡』『沖縄のおさんぽ』(ともにKADOKAWA)、『マウンドに散った天才投手』(講談社+α文庫)、『永遠の一球 ―甲子園優勝投手のその後―』(河出書房新社)などがある。
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