更新日:2024年04月05日 18:33
スポーツ

「選手からすれば最も説得力がある」辻発彦が明かす広岡達朗独自の指導法

『92歳、広岡達朗の正体』

『92歳、広岡達朗の正体』が3月14日に発売

現役時には読売ジャイアンツで活躍、監督としてはヤクルトスワローズ、西武ライオンズをそれぞれリーグ優勝・日本一に導いた広岡達朗。彼の80年にも及ぶ球歴をつぶさに追い、同じ時代を生きた選手たちの証言や本人談をまとめた総ページ数400の大作『92歳、広岡達朗の正体』が発売直後から注目を集めている。 巨人では“野球の神様”と呼ばれた川上哲治と衝突し、巨人を追われた。監督時代は選手を厳しく律する姿勢から“嫌われ者”と揶揄されたこともあった。大木のように何者にも屈しない一本気の性格は、どこで、どのように形成されたのか。今なお彼を突き動かすものは何か。そして何より、我々野球ファンを惹きつける源泉は何か……。その球歴をつぶさに追い、今こそ広岡達朗という男の正体に迫る。 (以下、『92歳、広岡達朗の正体』より一部編集の上抜粋) 〜西武ライオンズ編 辻発彦 後編〜

辻を一流に育て上げた広岡の金言

プロ二年目の1985年、近鉄との開幕戦のセカンドスタメンは、巨人から移籍の鈴木康友。第二戦三戦は行沢久隆がスタメン。第四戦でやっと辻発彦がスタメンに名を連ねた。 後楽園球場での日本ハム戦、先発は本格派の田中幸雄だ。 「ここはチャンスだ。何でもいいので結果を残さなければ」。セカンド三番手だった辻は、どんなことをしてでもこのチャンスをもぎ取る覚悟でいた。気合いを入れ直してベンチからグラウンドに飛び出した。 この試合で食らいつくように2本の内野安打を放ち、次の日もスタメンに名を連ねた。ライバル二人に負けないアピールポイントは足。自慢の足を生かしたプレーを念頭に置きつつ、毎日1本ヒットを打つつもりで試合に臨み、がむしゃらにプレーした。そうしてコツコツと結果を残していく。しかし、まだプロの球に合わないのか思ったように打撃が向上していかない。 きっかけは突然やってくる。 7月10日、大阪球場での南海戦の試合前のこと。 難波の繁華街ど真ん中にある大阪球場は“すり鉢球場”とも呼ばれ、両翼87メートル中堅115.8メートルとかなり狭い。おまけに内野スタンドの傾斜が三七度もあるため、打球音が銃撃音にも匹敵する程の反響があり、心理的にも投手は投げづらく打者有利の球場でもあった。 辻が試合前の打撃練習を終え、バッティングゲージを出たところで広岡に呼び止められた。 「バット短く持って打て」 「はあ」。あまりに唐突すぎて返事に困った。 「お前はインコースに強いから、バットを短く持ってベースにくっ付いて全部引っ張れ」 このとき辻は「そうですか」程度にしか感じていなかったが、このアドバイスが金言だと知ったのは試合後だった。 この日の試合で、辻は広岡の言う通りバットを短く持って打席のホームベース寄りに立った。すると、南海のエース山内孝徳から2本のツーベースを放った。監督の言う通りにしたら、打てた。2本のツーベースを打った感触がまだ残っている手を見ながら、心のモヤモヤが取り払われた気分になった。 すぐに結果を出した辻は、この日を境にバッティングにも自信が持てるようになり、打率も上がってきた。ホームベース寄りに立ったことが功を奏したのか、ランナーがいるときにはライト方向にもおっつけて打てるようになった。こうして先発で起用する機会がどんどん増えて、次の年からレギュラーとして全試合出場。初めてゴールデングラブ賞とベストナインを受賞する。 85年に広岡が辞任するまで2年間だけのつながりだったが、ここでの教えが辻を一流に育て上げた。
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辻が学んだ広岡野球の大切なこと
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1968年生まれ。岐阜県出身。琉球大学卒。出版社勤務を経て2009年8月より沖縄在住。最新刊は『92歳、広岡達朗の正体』。著書に『確執と信念 スジを通した男たち』(扶桑社)、『第二の人生で勝ち組になる 前職:プロ野球選手』(KADOKAWA)、『まかちょーけ 興南 甲子園優勝春夏連覇のその後』、『偏差値70の甲子園 ―僕たちは文武両道で東大を目指す―』、映画化にもなった『沖縄を変えた男 栽弘義 ―高校野球に捧げた生涯』、『偏差値70からの甲子園 ―僕たちは野球も学業も頂点を目指す―』、(ともに集英社文庫)、『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』、『最後の黄金世代 遠藤保仁』、『史上最速の甲子園 創志学園野球部の奇跡』『沖縄のおさんぽ』(ともにKADOKAWA)、『マウンドに散った天才投手』(講談社+α文庫)、『永遠の一球 ―甲子園優勝投手のその後―』(河出書房新社)などがある。

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