更新日:2023年02月18日 10:15
仕事

専業主婦が子連れで海外移住。苦難の連続、現地でパラレルキャリアを実現するまで

初めての仕事は空港の保安検査官。生活費を稼ぐために…

島みずも

今まで築き上げてきた自信が溢れている (C)Monarca Studios

 当時40歳、17年間の専業主婦生活を経て、労働許可が出てからはウィーンで最初の職探しを始めたものの、まだ子供も幼く働ける時間は限られていた。 「応募してすぐに連絡をくれた空港に週20時間、日中のみ保安検査官として勤めるようになりました。時給は10ユーロ以下と決していいとは言えない条件でしたが、それ以上の勤務時間になってくると夜勤をしなければならなかったので……」  その後、生活費を稼ぐためにももっと働きたいと色々な可能性を模索し続けた。その選択肢の1つとして、高校・大学時代に学んだ英語を生かした教職があった。 「この資格を取るまで、母はいないと思ってくれ」と子供たちに宣言し、半年間の猛勉強の末、2016年には「CELTA」を取得する。これはケンブリッジ大学英語検定機構に認定されている英語指導資格で、英語を母国語としない人に対して英語教育を与えられる資格で、国際的に認められている。  資格取得に必要な過程だった論文執筆や教育実習の際には、勤務先の空港の上司がシフトを融通してくれるなど協力的だったのも大きな助けになったという。
語学センター

語学センターがある校舎近くにある大学の看板。「飽くことなき探究心」(意訳)という意味

 そして資格取得後はすぐにウィーン大学の語学センターに英語講師として採用され、本職と掛け持ちで週2回働き始めた。英語講師の時給は空港の保安検査官の約4倍で収入が増えただけではなく、とてもやりがいのある楽しい仕事だったと話す。

空港の広告写真にモデルとして抜擢!

 空港ではその働きぶりを見ていてくれた当時の研修所長からの誘いで、なんとウィーン空港の求人広告に登場することに! 「軽い感じで『撮影あるんだけどシフト入れる?』と聞かれて、現場に行ってみたらまさかの自分が主役というサプライズ。ヨーロッパ人とは見た目が違うアジア人の自分が選ばれたのは、セキュリティ部門を担当していた空港の子会社がダイバーシティを大切にする会社だったこともあるのかもしれません」  社内の新ポジションにも積極的に応募し、保安検査官→保安主任を経て2017年にはターミナル全体の責任者へと昇進していく。  そしてその半年後には人事部に異動、新人の採用と職員の研修をするポジションへと着々とキャリアを積んでいった。2020年には空港本社勤務となり、同じく新人の採用と職員の研修に加えて、エンプロイヤーブランディングを担当する。  さらに、2022年に新しい空港ラウンジがオープンする際も広告に抜擢されることに。求人広告を撮影したときのカメラマンがみずもさんを覚えていたことから、再度声がかかったのだった。  今もウィーン国際空港の人員募集の広告と、ラウンジの広告ではみずもさんの姿を見ることができる。
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未来を見据えた仕事
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2004年よりウィーン在住。うち3年ほどカナダ・オタワにも住む。長年の海外生活と旅行会社勤務などの経験を活かし、2007年よりフォトライターとしても多数の媒体に執筆、写真提供している。著書に『カフェのドイツ語』(三修社)、『芸術とカフェの街 オーストリア・ウィーンへ』(イカロス出版)など。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。
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