店舗の改装期間だけドーナツを販売したら予想外の大ヒットに
この地で生まれたのが「ラシーヌ ドーナツ」である。
「5年くらい前からドーナツの構想があった」と話す金子さんは、ドーナツを売り始めた経緯について次のように説明する。
「ボストンやニューヨークのドーナツ屋さんと話したりしていくなかで、『なぜ海外のドーナツを日本で売れないのか』と思うようになったんです。甘さや大きさ、食感など、日本人好みのドーナツをどう作ればいいか試行錯誤しましたね。幸いにも我々はブーランジェリー(パン屋)を運営していたのもあり、柔らかい食感や風味が特徴のブリオッシュ生地を使えば、日本人の口にも合うのでとは考えるようになりました」
また、ドーナツは嗜好品であるゆえ、「お客様を笑顔にする“ハッピーフード”」という構想のもと、生産者が作る食材から、フレーバーのアイデアを考えていったという。
「ドーナツは嗜好品なので、『いつも。どんな時も。幸せ。』というコンセプトのもとで、フレーバーを決めていきました。こうしたなか、生産者の現場では『規格外野菜やフルーツのロス』についての課題があることを知って。何かうまく解決できる方法はないかと思案し、それらを仕入れるようになりました」
南池袋の運営店舗では、コロナ禍の2021年2月に改装工事をする機会があり、リニューアル期間中だけドーナツを販売してみたところ、予想以上の売れ行きがあったとか。
そのことからリニューアルオープン後も、ドーナツを継続して販売するようになり、「ラシーヌ ドーナツ」が口コミで広まっていった。
2021年9月にオープンした「RACINE DONUT & ICECREAM」
次いで、2021年9月には、表参道にドーナツとアイスクリームを扱う専門店「RACINE DONUT & ICE CREAM」を出店。
「アイスクリームとドーナツを販売すれば、年間を通して、規格外野菜やフルーツをもっと仕入れられるので、生産者の方にも貢献できるし、社会課題の解決にもつながる。こうしたアプローチから、ドーナツを始めることになったので、『ブームを仕掛ける』という狙いは全くありませんでした」
ラシーヌのドーナツにおける1日の販売数は、多いときで4000〜5000個を売り上げるという。なぜ、ラシーヌのドーナツはロングヒットを続けているのだろうか。
一番人気のあるフレーバー「フジカワレモン」
金子さんは「
3つの理由がある」と語る。
「まずひとつ目は、ドーナツ生地が豊富なことです。ブーランシェリーを運営しているため、ブリオッシュ、オールドファッション、フレンチクルーラーと3種類の生地を用意でき、さまざまな食感や味わいを楽しめます。
加えて、フレーバーにおけるラインナップの多さも何度もリピートしていただける要因だと思っています。約25種類のフレーバーが常時並んでいて、好みやその日の気分に応じて選ぶことができる。また、ケーキよりもドーナツの方が身近で、友人へ贈答したり差し入れに持っていく際のハードルの低さから、気軽に購入しやすいのも大きいと思っています」
商品力やブームに依存しない独自の世界観を作りたい
今後も、自分たちの世界観を体現できるチームづくりに徹し、事業を営んでいくという金子さん。
「売り上げ目的やつまらないことはやらない。しっかりと意味のある出店をしていきたい」と意気込む。
「ラシーヌのドーナツは池袋、目白、青山、恵比寿で販売していますが、今のところこれ以上広げる予定はありません。2030年までの出店計画はすでに固まっていますが、ただ単に区画を埋めるだけの店舗展開はやりたくない。もし仮に出店する立地にドーナツが求められていれば、検討の余地に入れる程度で考えています。
独自の立ち位置を持った会社は強いと思っていて、これからもチームのみんなとともに成長しながら、ビジネスに取り組んでいきたい」
商品力やブームに依存せず、ラシーヌならではの世界観を目指す。内装やメニューは模倣できても、スタッフまでは模倣されない。
これが金子さんの考えであり、チームづくりひいてはレストラン経営において重要視していることだ。トップアスリートとして培ってきた勝負師としての経験や勘。これこそ、大人気のドーナツを生み出せた所以なのかもしれない。
<取材・文・撮影(人物)/古田島大介>
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている