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中卒“元アイドル”が引退後、30代で社長秘書まで上り詰めた処世術

アイドル活動で味わった「充実感と苦労」

 ここから高橋さんのライブアイドル活動が本格化していく。ほぼ毎日ライブをこなし、週末は1日に3~4回のステージに立つ。ライブハウスや学園祭など、さまざまな場所で年間200~300回のライブを行い、一心不乱に取り組んだ。 「あまり大変だなと思ったことはなくて。若さもあったからだと思うんですけど、とにかくがむしゃらにやっていて、それが楽しかったんです。ローカルテレビの深夜バラエティ番組にレギュラー出演させてもらったり、番組の企画やグラビアDVDの撮影で海外へ行かせてもらったりと、かなり有意義な時間を過ごすことができました」  その一方で、「アイドル活動をやっていてツラいことはあった」と高橋さんは続ける。 「ライブアイドルはファンの方と距離感が近く、ライブが終わった後に物販やチェキ撮影の時間もあるんですが、チェキバック(チェキ撮影料金の一部がアイドルの収入の一部になる)でもらえる収入は微々たるもので、マクドナルドの朝の時間帯だけアルバイトに入り、ライブとバイトを掛け持ちしながら生計を立てていましたね。また、土日も出ずっぱりなので、友達と遊ぶ時間がなく、恋愛禁止のため、旅行もあまりできなかったのが辛かったところです」

ニューヨーク留学で学んだメンタル面の強さ

CLINKS株式会社 こうしたなかでも、高橋さんはライブアイドルを続け、ひたすら夢を追う日々を過ごす。だが、次第に「アイドル活動のマンネリ化」を感じるように……。 「披露する曲数も限られ、段々とライブをこなす感じになっている自分がいました。変わり映えしない日々を過ごしていても先が見えないし、何より変化がないことが好きじゃなかったので、次の自分を探すためにニューヨークへ1年間留学することに決めたんです」  一度、芸能活動を休止し、エンタメの本場・ニューヨークで歌とダンスを勉強するべく、留学の道を選んだ。 「英語に関しては、留学の3か月前から少しだけ勉強を始めていましたが、ほとんどできない状態で留学し、現地で周りの人が話しているのを聞いて少しずつ学んでいきました。また、ルームシェアの生活など、自分にとってはどれも初めての経験で、すごく刺激的でした。異文化を知ることができ、自分の考え方も変わったのが海外生活を送っていた時期でした。嫌なことがあった際もくよくよしないマインドや、失敗を恐れずに積極的にチャレンジしていく姿勢は、この頃に身につきました」
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キャンペーンガールの話が「枕営業」の誘い
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1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている

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