中国は覇権を握れない
―― アメリカに代わって中国の台頭が続いていましたが、ここに来て中国経済にも陰りが見え始めています。
白井 一部では恒大の破産申請を受けて中国経済が破綻するといった見方もあります。しかし、中国経済崩壊論はもう何年も前から繰り返し言われてきましたが、当たったことは一度もありません。正直、聞き飽きました。
しかし、ロングスパンで見れば、
中国の見通しがそう明るくないことは確かです。このままアメリカが覇権を失い、中国が覇権を握るなら話は早いですが、おそらくそうはなりません。
フランスの人類学者エマニュエル・トッドが指摘しているように、
社会の高学歴化、とりわけ女性の高学歴化が進めば晩婚化し、少子化になるのは万国共通です。これに対して、アメリカやイギリス、フランスは少子化対策を行い、ある程度のところで少子化を食い止めています。しかし、中国の出生率はこれらの国を下回っており、とめどない少子化が進んでいます。こうした背景から、トッドははっきりと中国が覇権を握ることはありえないと述べています。
中国と同じく、日本や韓国、台湾も少子化に苦しんでいます。韓国や台湾の出生率は日本をも下回っています。これらの国に共通しているのは、東アジアに属しているということです。どうやら
東アジア文明圏と高度資本主義は相性が悪く、ある一定以上に資本主義が高度化すると凄まじい少子化に襲われる傾向があります。トッドは、その原因は儒教イデオロギーにあると言っていますが。
中国の今後については、イタリアの歴史社会学者ジョヴァンニ・アリギの議論も参考になります。アリギはかつて覇権を握ったジェノヴァやオランダなどの歴史を踏まえ、大国は工業生産などの生産拡大を通して覇権を握るが、力を失っていくと金融に依存するようになり、そしてついに覇権を失うと指摘しています。
アメリカは明らかに金融に依存しているので、覇権を失う過程にあります。では中国はどうか。中国がここまで大国化したのは、世界の工場になったことが大きいでしょう。いまも一帯一路構想に代表されるように、工業生産に力を入れています。
しかし、このやり方をどこまで続けられるかわかりません。ソ連型の社会主義、指令経済は、言うなれば、インフラ構築権力です。これは、発展段階が低いときには大変有効に機能する。しかし、一定以上豊かになると、人々の多様化した欲望に応えることができなくなって、不満を醸成し、ソ連は滅びました。ですから、中国の社会主義市場経済なるものはハイブリッドですよね。一方ではソ連型の国家指導のインフラ構築権力の体制を手放せないから、その力を一帯一路構想に振り向ける。他方で、経済活動を自由化することによって、多様な欲望に応えるようにしている。
このバランスがどれだけ維持できるか。もっとも、中国の経済はすでに金融資本主義化しているという観察もあります。いずれにせよ、
経済運営に失敗すれば、中国の共産党政権は市民的自由を統制していることに対する不満に直面することになります。
―― 日本はアメリカと一緒になって中国と対峙してきましたが、東電の汚染水放出をきっかけに日中関係が悪化しています。今後、事態が深刻化する恐れもあります。
白井 私は日中戦争が起こるのではないかと懸念しています。こんなことを言えば、「現実的、合理的に考えれば、日中戦争などありえない」と批判されるでしょう。
確かに日中の経済関係を見れば、日本が中国と戦争することなど考えられません。日本の貿易相手国のトップは輸出・輸入とも中国です。日本は食料も中国に依存しており、中国は主要農産物の輸入先としてアメリカに次いで2位です。
しかし、
歴史を振り返れば、起こるはずのない戦争が何度も起こってきたという現実があります。その典型が第一次世界大戦です。当時、国際金本位制のもと、ヨーロッパ諸国の経済はボーダレス化し、人・モノ・カネが国境を越えて盛んに行き交っていました。それによって諸国の利害関係は複雑に絡み合い、戦争が起こればみんな大損してしまうので、戦争などありえないと見られていました。それにもかかわらず、戦争は起こったのです。
あるいは、日米戦争もそうです。当時の日本は最も重要な資源である石油をアメリカに依存していたので、アメリカと戦争すれば破綻を免れないことは軍の上層部もわかっていました。それでも戦争になったのです。
近年の日本も合理的に考えればありえない行動ばかりとっています。
複数ある選択肢の中で「これだけは選んではいけない」という選択肢ばかり選んでいるというのが実情です。だから、日本が日中戦争という選択肢を選んでしまう可能性は十分あると思います。
―― どうすれば戦争を回避できますか。
白井 戦争が始まれば、一般国民にできることは何もありません。私たちは徹底的に「客体」となり、モノとして扱われます。とうてい「主体」にはなりえません。私たちにできることと言えば、どうにかして逃げるか、その戦争が権力者の利益のためだとわかっていても、戦いに参加するか、どちらかです。どちらを選んでも犠牲は大きくなります。
もし
主体性を発揮できるとすれば、戦争が起きる前の段階です。すなわち、いまこの瞬間です。私たちは日中戦争など起きないと高をくくるのではなく、戦争に突き進む政権を打倒することも含め、いまから戦争を招きうる要因を一つ一つ取り除いていく必要があります。
(9月2日 聞き手・構成 中村友哉)
<初出:
月刊日本10月号>
白井聡:思想史家、政治学者、京都精華大学教員。1977年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。著書に『永続敗戦論 戦後日本の核心』(太田出版、2013年)など
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