やっかいな句読点「;」知れば知るほどワクワクする読書体験/『セミコロン かくも控えめであまりにもやっかいな句読点』書評
―[書店員の書評]―
世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。日刊SPA!で書店員による書評コーナーがスタート。ここが人と本との出会いの場になりますように。
いきなり個人的な話で恐縮だが、私は英語が好きではない——しかし外国文学を読むのは好きだったし、それを批評するのも楽しかったため、英文学の修士号までとっていたりする……実情は就活に失敗してどうにか滑り込めたのが内部進学での院進だっただけで、とにかく私はできる限り日本語に訳された文献を参照することで英語を避けながら、必死に論文を完成させたのだが。
『セミコロン かくも控えめであまりにもやっかいな句読点』というタイトルの本を目にしたとき、英語避けマスター(修士)の私は読まねばならないと思った。どうしてもあたらねばならない英語原文の中にあったこの「;」という謎の記号は一体なんだったのか。かつての私はそんなことすら理解しないまま英語を読んでいたのだ、この本を読めば英語が少しは好きになれるかもしれない、と思ったのだ。
本書はセミコロンが誕生した経緯から始まり、それがどのようにして文法規則の中に取り込まれていったか/取り込むことができなかったか——その際には文法専門家間での論争があり、法律文書に記されたセミコロンの解釈によって死刑か否かが変わる、つまり文字通りに人の生死が決定づけられた歴史もあり——なんてことが綴られており、とにかくセミコロンは「あまりにもやっかいな句読点」であることが伝わってくる。
何百年も昔に打たれたセミコロンひとつで右往左往させられている英語ユーザーの物語を、セミコロンのない日本語は気が楽だね〜なんて思いながら楽しく読んでしまう。あるいは、言語学マニアは「自分もその論争に加えてくれ!」とか思うのかもしれない。
しかし、本書は「別に英語も言語学も興味ないよ(でも面白い文章を読むのは好きだよ)」というあなたにこそ、ワクワクする読書体験をもたらすだろう。セミコロンについての基礎知識と歴史を押さえたのちにやってくる、セミコロン使いの名手たちが綴った名文の数々を読んだあと、あなたはこう思うはずだ。なぜ日本語にはセミコロンがないのだ……と。
いまさらだが、セミコロンは「コンマとコロンの中間ほどの休止(ポーズ)を示そうとした記号」(16p)である。あるいは「現代ではコンマより重くピリオドより軽い区切りと言われることが多い」(16p訳注)ものだ——この絶妙な匙加減! 日本語ではこの繊細なニュアンスを表現できないのが、あなたはもどかしく思わないだろうか。特にあなたが書き手でもあるなら絶対に思うはずだ——そう、この長い棒「——」でもなく、当然「、」でも「。」でもない、なんとも言えないあの間(ま)を表せるのなら……!
ならば、やってみようではないか。この書評でも泣く泣く「、」「。」「——」を使っている箇所がいくつかあるが、本当はセミコロンやそのほかの記号を縦横無尽に使ってみたいのだ。
本書でも常々言っているように、文法規則に正しく従うことがよりよい文章を生むのではない;そしてよりよいコミュニケーションを;さらにはその先にあるはずのよりよい世界をもたらすのではないのだ。私たちがよりよい言葉を、文章を紡ぎたいと思うとき、それが単なる「ひけらかし」を目的としないものであるのなら、そこにあるのは「あなたとよりよい関係性を持っていたい」という思いのはずだ。端的に言おう;君に幸あれ!
以上の私のセミコロンの用法は、英語での用法をそのまま当てはめたとしても正しくないかもしれない。しかし、本書によれば、作家レベッカ・ソルニットはセミコロンに休止ではなく「加速」の効果を付与している(私はソルニットが大好きだ!)。私の用いたセミコロンからも加速を感じてもらえたら、あるいはそのほか私の意図しない何かを読み取ってもらえたら幸いだが、どうだろうか。
本書を読み終えてもなお、やっぱり英語が好きではない私がセミコロンマスターになる道のりは、遠く険しそうである。しかしこの熱がこの書評を通して伝わることを、あるいはセミコロンを通して伝わることを願っている;ようこそ、かくも控えめであまりにもやっかいな句読点の世界へ!
評者/関口竜平
1993年、千葉県生まれ。法政大学文学部英文学科、同大学院人文科学研究科英文学専攻(修士課程)修了ののち、本屋lighthouseを立ち上げる。将来の夢は首位打者(草野球)。特技は二度寝
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