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父親が組長、姉は14歳で駆け落ち…“極道の娘”が「思春期にグレなかった」理由

自分の部屋がないから「友達を呼べなかった」

――「組長の家」って「仁義」と書かれた額縁がかけられていて、鎧や日本刀が飾ってあるイメージがあります。実際はどうなんですか? ナオ:「仁義」は流石に飾ってなかったです(笑)。父は、系統的には右翼に近い考え方で、昔の日本軍に憧れを持っている人。だからなのか、出兵前の軍人さんがズラッと並んだ写真や天皇陛下の写真が飾ってあって、「天照大御神」と書いてある掛け軸も掲げてありました。それから、鷹のはく製も置いてありましたし、父が昔お世話になった親分さんの形見だという、昇り竜の描かれた4mくらいある大きな屏風も置いてありました。父の仕事を知らずに来たら驚かれるでしょうね(笑)。 ――組長が動く度にこわいお兄さんたちが5~6人ゾロゾロとついて歩くような描写をバラエティのドッキリ企画で見たことがあります。これについては……? ナオ:見たことないですね。今はそんなことないと思います。10年くらい前に暴力団対策法が改正されて、今は5人以上で集まるとダメなんですよ。 ――お友達を自宅に呼ぶということはできなかったですか? ナオ:一回もないですね。父の仕事もそうですが、母が精神的に父に依存していたところもあって、父が家にいないときは、キッチンでお皿を投げて割り続けたり、昼夜問わずお酒を飲んでいるような状態だったので、とても友達を呼べる環境ではなかったです。 それと、私の姉は14歳で薬物中毒者の男と駆け落ちしていまして。以降、目が届かないとヤンチャになってしまうから、子供部屋を作らないという方針になったんです。自分の部屋もないし、呼ぶというよりは、友達の家や外で遊んでましたね。

同級生の両親が土下座する事態に…

――学校の授業や友達との会話で、親の仕事の話になることもあると思うんですが。 ナオ:両親は事実婚だったので、先生や学校には「うちは母子家庭で母親がパートをしています」と言ってました。仲のいい友達には父親がいることは言っていましたが、仕事について言及することはなかったですね。バレてはいたみたいですが。 ――友達にバレていたとなると、ご近所にも知られていたのかもしれませんね。 ナオ:私が小学生の時、駐車場に停まっている父の車を、同級生のお父さんが覗いていたらしいんです。それに父が気づいて「何してんだ?」って声をかけたら、大声で「申し訳ございません!」と泣き叫びながら土下座したんです。当然大騒ぎになっちゃいますよね。駆けつけて来たその人の奥さんまで土下座していました。小さな団地なので、周囲にもその出来事が知れ渡ってしまいました。
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拳銃をブランコの下に隠した母
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