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“元医者”のホストが歌舞伎町を選んだ理由「自分らしさが出せない環境が合わなかった」

歌舞伎町は「偏差値や学歴なんて誰も気にしていない」

Dr.ななと

医師国家試験の勉強に励む医学生時代のななとさん

 まずは指名をもらうため、午前中から夕方まで大学の講義に出席したあと、週4~5日の頻度でホストクラブに出勤した。大学ではTwitter(現X)やInstagramのオープンな利用が禁止されていたため、勉強の合間に、鍵アカウントでお客さんとやりとりし、仲を深めていった。指名が増え、収入も上がっていくにつれて、「自分は医者は向いていないだろう」と、思うようになったという。 「ホストになっていろんな人と出会って初めて、“親から勉強する環境を与えられること”が当たり前ではないことを知りました。同時に、“勉強以外の世界があること”も知りました。歌舞伎町にはさまざまなバックグラウンドを持つ人がいて、偏差値や学歴なんて誰も気にしていない。個性を受け入れてくれる場所だから、僕も自分らしくいられました」  それでも、「せっかく医学部に入れたのだから」と自分の気持ちに蓋をして勉強に励み、医師国家試験を受けて無事に合格。ホストは辞め、研修医として働き始めた。

「医者を辞める」と言ったら両親は大反対

Dr.ななと

研修医時代のななとさん。82歳の患者さんから連絡先を渡されたことも(本人提供)

研修医として働き始めて2カ月経ったころには、辞めたいと思うようになりました。週6日、毎日10時間ほど働き、合間に上司のカンファレンスに出席する、というハードな業務だけでなく、自分らしさが出せない日々にもストレスを感じていました。医者は患者に不安や不信感を与えないよう、個性はいらないと指導されます。ホストとは真逆の労働環境が、僕にはどうしても合いませんでした」  研修医になって半年、ななとさんの心は限界だった。 「両親に『医者を辞めて本格的にホストとして働きたい』と伝えたら、猛反対を受けました。何度も説得して父はしぶしぶ了承してくれましたが、父より教育熱心だった母はいまだに僕の選択を許していません」  ホストに復帰した2023年、SNSに元医者であることを公表したところ、ななとさんの元には驚きの声とともに、批判的な意見も届いた。 「『社会のクズになった』『立派な職業から底辺に落ちるなんて』などのひどい言葉を受けました。でも、そう言いたくなる気持ちは僕も分かるんです。医学生時代、退学したり医師の道を諦めたりする同級生を見て、同じような感情を持ちました。『自分はこんなに頑張っているのに、なんで逃げるんだろう』と、憤りを感じていました。でも今は、医者になることがすべてではないと思っています。人生の選択肢はたくさんあって、医学部を出て医者を選ぶ人もいればそうでない人もいる。ただ、それだけなんですよね。私立の医学部でアルバイトをしていたときの劣等感や研修医時代の辛さを乗り越えてきたからこそ、厳しい意見も寛容に受け止められるようになりました
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「元医者ホスト」の肩書きでSNSで大ウケ。今後は…
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IT企業の広報兼フリーライター。元レースクイーン。よく書くテーマはキャリアや女性の働き方など。好きなお酒はレモンサワーです
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