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かつての“天才子役”が“宇宙的な俳優”に。同級生の記者が明かす「グッときちゃった」瞬間

ワンショットの持続を体感

大学時代の友人である一方、純粋に俳優としての井之脇海を見るということは、スリリングな体験に他ならない。対象となる俳優の演技に並走し、見つめることのワクワク感。それはあたかも撮影現場の袖で眼差しているような感覚だ。 「よーい、スタート」から「はい、カット」までの間、井之脇がひと息に演じ、気を吐く瞬間を追体験するというのか。今、彼の演技にすごいことが起きているというグルーヴ感を共有するというのか。そんな体感が特に強かったのが、2023年末に放送された『あれからどうした』(NHK総合)だった。 第3話「制服を脱いだ警察官」では、警察官たちの軽妙な日常が本人の視点と客観的事実とのズレとしてコミカルに描かれる。井之脇が演じたのは、正義感は強いがちょっと頼りない巡査の青柳健太。休憩時間、先輩・金澤真由(岸井ゆきの)と人数分のお茶を入れながら会話する場面。それぞれ肩越しのショットが数カット切り返される内、岸井のグルーヴィーな呼吸に合わせた井之脇が恐るべき持続力のある演技を表出した。井之脇海に何かが宿る瞬間を体感したのだ。「この海君、ほんとにすごいな」とテレビ画面に釘付けになりながら、膝をたたいた。

井之脇海の宇宙観

井之脇海

©TBS

ワンショットの中に存在し、演技を持続させること。これは、俳優の能力として当たり前のことだと思われるかもしれない。でも想像以上に難しい。もっと言うと、この当たり前が出来ている俳優の方が実は少ない。 俳優の基礎的能力を確認しながら、井之脇の出演最新作『9ボーダー』を見るとどうだろう。第1話の初登場場面でまずびっくりする。主人公・大庭七苗(川口春奈)の姉・大庭六月(木南晴夏)が経営する会計事務所に面接にやってきた松嶋朔(井之脇海)が、一見して何とも風変わり。ハムスターのカゴをどうして抱えているのか、朔が事情を説明する間、カメラが興味を示すかのようにスゥッとズームアップ。 カメラワークが予定調和ではなく、思わず寄ってしまったというこの感じ。朔はとにかく喋りまくる。独り相撲のような人だ。井之脇は2022年に『エレファント・ソング』で舞台初主演を果たしていたが、朔役の持続力はどうも演劇的だなと思ったらば、そうだ、坂東玉三郎が言っていた言葉にピッタリなのが。 「ひとつの空間をパッと区切られたときに、その区切られた中にパッと宇宙観を表現出来る人たち。それが演劇的な人たちだと思っています」 これはスイスの映画監督ダニエル・シュミットが東京を舞台に玉三郎の姿を追った幽玄的なドキュメンタリー映画『書かれた顔』(1995年)のインタビュー場面での言葉。「演劇的な人」を敷衍すれば俳優の条件とも理解出来るが、カメラが思わず寄ってしまった井之脇のあの演技は、まさにフレーム内の「宇宙観」だった。
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「いいんですか!」にグッとくる
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コラムニスト・音楽企画プロデューサー。クラシック音楽を専門とするプロダクションでR&B部門を立ち上げ、企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆。最近では解説番組出演の他、ドラマの脚本を書いている。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu

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