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“外見に自信がなかった”女性が、身体改造にハマった理由「人間として見られたくない」

かつての自分のように悩む人のヒントになれば

Mari

外見を変えたことで“居場所”が見つかった

 Mari氏がこうした表現活動を続けていく理由は何か。 「私は幼少期から『自分が存在する意味がわからない』と思って生きてきました。勉強も運動もできず、デブでメガネでブスで、父親や教師からも邪険にされる。しかも友達もいないなんて、この世界に居場所ないじゃないですか。  でも服とか靴のレベルではなく、いっそのこと自分の身体ごと変えてしまったら、違う何者かになれたんです。周囲からは『たかが見た目で大袈裟だ』と言われ続けてきました。でも、初めて『自分が生きていていいんだな』と思える世界に巡り会えたんです。  今もおそらく、そういう思いをしている子たちがいるのではないかと思っています。そういう子たちが、人や場所などの“他力”に依存して生きるのではなく、“自分ごと”に没頭することで人生が好転すればいいなと思っています。私の体験をお話することで、何かヒントになればと思って活動を続けているんです」  外見によって苦しめられてきた少女が、ルッキズムの序列から逃れるために外見を変えた。それは皮肉にも聞こえる。だが生死のはざまで選択し得た、ほぼ唯一の手だったともいえる。  世界中から嫌われ苦しんでも、別のものに変身することでまたこの世界に「好き」を見つけることができる。取り立てて誇るべきもののない、埋没して嘲笑され思い悩む者たちのためにこそ、Mari氏は歌って舞う。 <取材・文/黒島暁生>
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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