仕事

都会暮らしをやめて鹿児島に移住、“農業”の道へ。「稼げない」から3年で売上10倍にした若手夫婦の挑戦

かつては「農業の若者離れ」が叫ばれていたものの、近年では農業に対する関心が若年層を中心に高まっている。 都会暮らしから地方での生活や自然に魅力を感じ、農業を新たなキャリアの選択肢として考える人も。最近ではモデル・タレントのローラさんが農業に取り組む様子をSNSで発信するなど、今後さらに若年層の“就農”に注目の兆しが見えている。こうしたなか、農業未経験ながら独自のブランディングと販路開拓でビジネスを拡大しているのが、鹿児島県阿久根市で農園を営む「うとさんち」。
宇都風香

鹿児島県阿久根市で農業を営む宇都(うと)風香さん

代表の宇都風香さんは、福岡から移住して夫婦で農業を始め、「儲かる農業」の情報を積極的に発信している。 「農業=稼げない」を痛感した就農1年目を乗り越え、いかにして「稼げる農業」を実現したのか。宇都さんに詳しい話を聞いた。

都会暮らしから“予想外”だった農業の道へ

宇都風香宇都さんは小学生から大学生までバトミントンを続け、キャプテンを務めていたほど。最初はリーダーとしてチームをまとめるのが難しいと思っていたものの、どうにか立て直したいという思いが強く、「誰もいないなら私がやる」というスタンスでリーダーになったそうだ。 大学卒業後は一般企業の事務職として働く日々を送るなか、農業を始めるきっかけになったのは、夫からの懇願だった。 「夫は農業系の学校に通っていたことから、以前から農業に興味を持っていました。社会人になってからは農業関連の会社で事務をやっていましたが、私との結婚式を挙げた直後に『自分の地元である鹿児島県阿久根市で農業をやりたい』と言われて。 私自身、結婚後は福岡の都会に住むつもりだったので、最初はすごく戸惑ってしまったんですよ。それでも、お互い話し合いを重ねて『私は全く土は触らない』という条件で嫁ぎました」(宇都さん、以下同)

「本当に生活できるか不安だった」。就農1年目で味わった農業の現実

就農1年目はまさに、「農業は稼げない」というイメージ通りであることを痛感したそうだ。当時は畑面積も少なく、どんなに頑張って出荷しても、手元に入ってくるお金は微々たるものだった。 これでは、農業を続けられない。 そう感じた宇都さんは、「販路を変える」ことを決意する。 「その頃はちょうどコロナ禍のタイミングで、食に対する関心がとても高まっていた時期だったこともあり、多品目の野菜を詰め合わせた『野菜セット』をネットで販売することにしました。ありがたいことに、その野菜セットは順調に売れ、事業としても良いスタートを切れたと思います。 ただ一方で、いつかコロナ禍は終わるという前提があったので、この需要がなくなってしまうんじゃないかという不安が常にありました。そこで、今のうちに次の柱になる品目を考えなければと思い、早い段階で次の展開を模索し始めました」
次のページ
見えてきた勝ち筋
1
2
3
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている

記事一覧へ
【関連キーワードから記事を探す】