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上智大中退後、アルコール依存&生活保護受給者に…「人生の迷子だった男」が年商85億円企業を創るまで

「アルコール依存症で生活保護受給者だったダメ人間の自分が、真人間に変わりたかったのが、この仕事を始めて会社を立ち上げた動機の半分です」と重度の障害者への訪問介護事業を全国展開する株式会社土屋の代表、高浜敏之氏(52歳)は笑った。 グループ合計で年商85億円に達しようとする株式会社土屋は、2025年7月現在で、従業員数2881人・全国に140事業所を擁する。介護業界の平均年収は370万円にとどまる中、平均420万円・1000万円プレイヤーも多数在籍するという破格の待遇でも知られる。その破天荒な人生を聞いた。
高浜敏之

株式会社土屋 代表取締役 高浜敏之氏(52歳)

実家は風呂なし四畳半。「貧乏人」といじめられた幼少期

今でこそ、介護・障害福祉の一大法人の代表取締役となった高浜氏は、東京都昭島市の風呂なし四畳半の実家に、4歳下の弟と両親の4人家族の長男として産まれた。母が10歳、父は8歳の頃に終戦を迎え、父は孤児として育つ。父は、高浜氏が生まれる前に、結核になり、療養所に入っていた時期もあり、小学校3年生の時に経営していた会社が倒産し、一家の生活は困窮していた。どんな幼少期を送ったのか。 「気が弱くて泣き虫でいじめられっ子でした。同級生に『バカ浜!』『2+3はいくつだ?』と言われて『分かんねえよ!』と泣いているような、知的な発達も多少遅れた子どもでした(笑) 実家に風呂がなかったことで、『貧乏人!』とよくからかわれました」 小学校2年生のある日、母と共に銭湯の女湯に入ると、クラスの女子たちに遭遇してしまう。 「女子たちに『キャー!』と言われ、バレないように股間のものを隠そうと足の間に挟みました。すでに顔を見られているし、時すでに遅し、まったく意味ないのですが(笑) その時に初めてジェンダーを意識し、だんだんと男らしくなっていきました」 プロボクサーを目指して挫折した父は、親兄弟もおらず、結核になったこともあり、破れかぶれの生活を送っていた。たびたび暴力事件を起こし、留置場に入ることもあった。 「そんな父でしたので、『男らしくあれ』ということは常に言われていました。喧嘩でも負けてはいけないと。両親ともに中卒で学はありませんでした。だけど、父は、向学心がありました。酔っぱらうと、純文学の朗読を子どもにしていました。父の影響は大きいです」

喧嘩で前歯を全損した過去も

父は子どもが生まれるとともに、新聞配達夫から不動産業界に転職する。 「貧乏人といじめられたと話すと、『勉強していい大学に入っていい企業に就職しろ』とも言っていました。だから、勉強すること・男らしくあることを同時に求められました」 中学校に進学すると、その時代は非行や校内暴力が問題となっていた。高浜氏も、漏れなく、学校でのバトルに参戦する。 「父からボクシングを習っていたこともあり、校舎はリングくらいに思っていました。喧嘩で、前歯を全損し、その頃から差し歯です。思えばこの差し歯とは、15歳から40年近い付き合いです。そろそろインプラントにしようかと考えています」 だけど、中2の1年間は、勉強に専念し、成績はオール5の優等生。高浜氏は、高校は、進学校に進学する。
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上智大学を中退し帝拳ジムでプロボクサーを目指す
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ライター・原作者・あいである広場編集長。立教大学経済学部経営学科卒。「認知症」「介護虐待」「障害者支援」「マイノリティ問題」など、多くの人が見ないようにする社会課題を中心に取材する。文春オンライン・週刊プレイボーイ・LIFULL介護などで連載・寄稿中。『認知症が見る世界』(竹書房・2023年)原作者

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