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「親を介護で殺したくない」年700件の相談を受ける専門家が語る“愛情が強いほど虐待に走る”介護の罠

企業で働く人の4割が「親の介護が心配」と答える時代。しかし、実際に介護が始まった時、あなたは上司に「介護を始めます」と言えるだろうか。「キャリアが断たれるのでは」「プロジェクトから外されるのでは」—そんな不安から、一人で抱え込む人がほとんどだ。

NPO法人「となりのかいご」の代表理事 川内潤氏(45歳)

虐待は圧倒的に家庭で起きる

NPO法人「となりのかいご」の代表理事で、仕事と介護を並行する「ワーキングケアラー」の両立支援を行う、社会福祉士で介護福祉士の川内潤氏(45歳)に話を聞いた。 川内氏は、年間700件もの個別相談を受け、これまで累計4000件超の相談に対応してきた。2025年3月には、経営者・人事関係者・そして介護世代の会社員に向け『上司に「介護始めます」と言えますか? ~信じて働ける会社がわかる』を上梓した。企業向けセミナーも多数開催し、介護離職や虐待の予防に取り組んでいる。 令和5年度の厚生労働省の調査では、介護施設従事者等による虐待は1,123件、養護者(家族等)による虐待判断件数は17,100件と、虐待は圧倒的に家庭で起きる(厚生労働省「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果より)。

図 厚生労働省 令和5年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果

川内氏は「介護は愛情があればあるほど、間違った方向に向かいやすい」と警鐘を鳴らす。

訪問入浴の現場で目の当たりにした家族からの虐待の実態

神奈川県で生まれ育った川内氏。高校時代は器械体操に熱中していたが、ケガで車椅子生活を経験する。この体験が、のちの福祉への道筋を決定づけた。父親が訪問入浴サービス事業所を運営していた家庭環境もあったが、川内氏が福祉に興味を持ったのは「自分自身の障がい体験」だった。 高校卒業後、上智大学文学部社会福祉学科に進学し、福祉の道を志した。卒業後は、外資系コンサルティング会社勤務などを経て、父の事業所に就職し、介護業界へ。 「自宅にうかがい、寝たきりの方をお風呂にご入浴いただく仕事でした。その現場で、家族による虐待を日常的に目の当たりにしたんです」 訪問入浴の利用者は、本来なら病院や施設に入っていてもおかしくない、重篤な介護状態の高齢者だった。それを家族が「自宅で最期まで看取りたい」という気持ちで介護していた。 「訪問するケースの一部では、残念ながら、よい介護になっているかというと疑問を持つことがありました。家族はどんどん追い込まれて、ついつい怒鳴ったり手を上げたりすることが、当たり前のように起きていました。構造的におかしいと思ったんです。親のことを大切にしたいという気持ちには、当然、共感します。だけど、そういう気持ちがあればあるほど、追い込まれていく」 この体験が、川内氏の活動の原点となった。28歳の時に市民団体を立ち上げ、家族による虐待を減らすための活動を始めた。
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企業で出会った虐待予備軍の会社員たち
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ライター・原作者・あいである広場編集長。立教大学経済学部経営学科卒。「認知症」「介護虐待」「障害者支援」「マイノリティ問題」など、多くの人が見ないようにする社会課題を中心に取材する。文春オンライン・週刊プレイボーイ・LIFULL介護などで連載・寄稿中。『認知症が見る世界』(竹書房・2023年)原作者

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