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「性犯罪事件の被害者」になった24歳女性が語る壮絶な半生。「うつ病は甘え」と思っていたことに後悔も

 精神疾患に悩み、寛解を経て、現在は自らの体験をもとにインフルエンサー活動をしながらコーチングに転じている若き女性がいる。躁鬱のゆゆさん(@2e_cb)、24歳だ。過去には全国ニュースに掲載される性犯罪事件の被害者となり、児童自立支援施設での生活も経験した。まっすぐな眼差しで「精神疾患で苦しむ人たちが救われる社会にしたい」と語る彼女の半生に迫った。
躁鬱のゆゆさん

躁鬱のゆゆさん

特別支援学級に在籍していたワケ

――鳥取県生まれ、岡山育ちのゆゆさんですが、小学校時代は特別支援学級に在籍していたと伺いました。 躁鬱のゆゆ(以下、ゆゆ):そうなんです。それは私の両親が、非常にチグハグな組み合わせのカップルだったことに関係するかもしれません。母方は、東大卒などの高学歴者や私立大学の学長経験者を擁する家系で、父方は肉体労働者です。母方が思慮深くておとなしいのに対して、父方はエネルギッシュでパワータイプでした。どちらかといえば、私の本質は衝動性があるタイプだったと思います。  しかし、母方の家系がある宗教を非常に熱心に信仰していて、地元ではそれなりのポジションにありました。当然、「◯◯さんちの子」というのは周辺に知られているため、ヨソで自分の本来の性格を発揮することができずに抑圧された状態だったと思います。本当は活発な人間なのに、それを表現することができない時間は、苦痛でしたね。

食事のときは怒号が飛ぶのが日常茶飯事

――ご両親からはかなり厳しく躾けられたということですか。 ゆゆ:どちらかといえば父親ですね。私が小2までは母方の地元である鳥取県に居て、父の両親の不調を機に岡山県に移り住みました。特に父は「恥ずかしくない子に育てなければ」という意識が強かったと思います。だからいつも、食事の時間は怒られることが確定している時間でした。「その食べ方は違う」「そんな飲み方をするからこぼすんだ」と怒号が飛んできて、箸を投げられたり。それは日常茶飯事で、自分が否定されるのがとても辛かったですね。もっとも、私がADHDであると診断された今であれば、「きっと父もそうだったんだろう」と思うことはできます。ただ、小学生だった当時は、恐怖でしたね。だから小学校でも他の同級生ができることが何もできず、特別支援学級に入ることになりました。 ――しかしそこで、自らの立ち回り方を考えるきっかけになったとか。 ゆゆ:どれほど綺麗事を並べても、地方では特別支援学級にいるというだけで白い目で見る人がいます。将来的に、あまりプラスにならないと考えていました。まず、“いじられキャラ”や“愛されキャラ”になることで、批判の目をかわすことにしました。はたしてその演出は奏効しました。中学生になる少し前、特別支援学級に行くか、普通学級に行くかを選択するための会合がありました。臨床心理士などの心理職の先生と、私の母が出席していたのを覚えています。母は心配していましたが、心理職の先生たちが「彼女が普通学級で学びたいなら、尊重すべき」と言ってくれて。それで、中学生からは普通学級に進学することになりました。
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グレた中学時代、性犯罪の被害に
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ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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