更新日:2026年03月01日 22:45
ライフ

「1日10本のストロング缶」を飲み続けた20代男性のゆがんだ日常。なぜ飲まずにいられなくなったのか…ルーツは「カフェイン依存」にあった

「酒……。酒を体に入れないと!」 コンビニに駆け込み、「ストロング系」と呼ばれる缶チューハイを買い、そのまま胃に流し込む。ようやく吐き気も震えも止まる。完全にアルコール依存症の状態だ。それを1日に何度も繰り返す。 いくら飲んでも酔いつぶれることができなくなった。しかし、体は確実に蝕まれていくーー。 本連載では、20代でアルコール依存症になった、ひとりの編集者の転落と回復の日々を追う。
 千駄木雄大

大学時代の筆者。まるで別人である

浴びるように飲酒していた2022年の初夏

2022年6月。代官山周辺で汗をダラダラ垂らして歩きながら、ワークシャツの両胸のポケットにアルコール度数が8%以上の缶チューハイいわゆる「ストロング系」を2本差し込み、右手にもストロング系、左手にスマートフォンで血湧き肉躍るマンガ『忍者と極道』(講談社)を咽び泣きながら読み、スワイプするたびに酒を煽っていた。 「割れた子供達(グラスチルドレン)の過去、悲しすぎて泣けてくる……」 作品のアツい展開とは別に外は炎天下のため、歩いているだけでも暑い。しかし、そんなときに飲むストロング系は格別にうまい。 当時29歳だった筆者は、日中でもストロング系を6〜7本は飲まないと生活できなくなっていた。もちろん、夜も飲む。4本。 そんなに飲んでいると歩いている途中、不意に吐き気も訪れる。でも、大丈夫。渋谷エリアのトイレがあるコンビニはすべて頭の中にインプットされている。実際に吐いたことはないが、仮に吐きそうになったら、胸ポケットに補充してある新たなストロング系を一気に飲めばいい。ちなみに、これはすべて勤務時間の話だ。 夢だった東京の出版社で一端の編集者として働くことはできたが、どうしてこんなことになってしまったのだろうか……? アルコールが切れて、虚無感が訪れた瞬間、学生時代の記憶が蘇る。

アメリカではまともに眠れなかった

気づいた頃にはビールを苦いものと思わず、おいしく飲むことができていた。それどころか、焼酎も「水やソーダで割るのではなく、ロックで飲むほうがうまい」と感じていた筆者だったが、いつの日からか友人たちに「アル中」と呼ばれるようになるまで飲むようになっていた。 大学に入った当初は実家住まいだったため、大学生ではあるが、節度のある健康的な生活を送っていた。しかし、大学2年生になり、ひとり暮らしを始めてから、案の定生活リズムは崩れた。 別に朝までオールで宅飲みをしていたわけではない。純粋に朝、人に頼らなくては起きられないのだ。 もともと、小中高生の頃から朝は起きられず、一緒に登校する友達が玄関まで来ているのに、モタモタして5〜10分は玄関で待たせていた。そして、10代の半分をほとんどアメリカで過ごしたのだが、異国の地でぐっすり眠れるわけがない。 しかし、アメリカの学校の始業時間は早く、朝の7時半か8時には1時間目が始まっていた。夜中3時くらいまで目が冴えていたのだから、そんな朝っぱらから覚醒して授業を受けられるわけがない。あと、なぜか筆者がいた地域の学校の教室は日中、電気をつけずに授業をしていたので眠くなってしまう。そして、クラスにひとりしかいない東洋人がウトウトしていたら、嫌でもみんな気になるに決まっている。 そのため、毎朝日本から持ち帰ったスターバックスのタンブラーに並々とコーヒーを入れ、ロッテの「BLACK BLACK」というガムを始終噛みながら、眠気と戦いながら授業を受けていた。アメリカの学校なのでガムは何も言われないし、タンブラーも和柄だったため、きっと「お茶でも入っているんだろう」と思われていた。 この頃から、カフェインに頼り切っていたため、もうなにかしらに依存しないといけないのは生まれたときからだったのかもしれない。
次のページ
留年を恐れた結果、寝酒が習慣化
1
2
3
4
5
編集者/ライター。1993年、福岡県生まれ。出版社に勤務する傍ら、「ARBAN」や「ギター・マガジン」(リットーミュージック)などで執筆活動中。著書に『奨学金、借りたら人生こうなった』(扶桑社新書)がある
記事一覧へ
【関連キーワードから記事を探す】