永江朗氏「ノルウェイの森とセカチューの違いは自作に対する客観性」
映画史上、文学史上に残る名作たち。一応知っておかないと恥ずかしい気はするけど、なかなか時間もないし面倒なもの。そんな名作を、見た人、うろ覚えの人、未見の人にザックリ一言で語ってもらいました。これを読めば、あの名作が一瞬で理解できる!(かも)
『ノルウェイの森』と『セカチュー』の違いは自作に対する客観性
『こころ』はザックリ言うと「親友が惚れてる女を寝盗って、親友に死なれた男が後悔し続ける話」でしょうか。『ノルウェイの森』なら「昔死んだ恋人のことを想って泣く話」。まあ、『セカチュー(世界の中心で、愛をさけぶ)』と同じですよ。何なら「セカチュー昭和版」でもいいかも(笑)。『ライ麦畑~』は「落第したプチブル少年が『大人はわかってくれない』とダダをこねる話」ですかね。
名作はやはり物語の構造がしっかりしていると思います。同じヒット作でも『ノルウェイ~』は読み続けられていますが、『セカチュー』は”まだ売ってる?”って感じですよね。その違いは村上春樹には抑制の利いたドライさがある。自分の作品に対して客観性や冷静さがあると、物語の構造も緻密になると思うんです。太宰治なんかも激情型に思われがちですが、作品自体は冷静かつ洗練されていますよね。また、日本の名作に関して言えば、比較的短いものが多く、それこそあらすじを端的に言えるシンプルさもある。それでも人物構造がきちんと描かれている点も、名作たる所以でしょう。
ちなみに私のイチオシの名作はG・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』です。南米のジャングルにある架空の町の歴史を描いた作品ですが、次々と起こる不思議な出来事を言葉だけでこれほどリアルに感じさせる小説はほかにはないですね。
【永江朗氏】
フリーライター、書評家。『ベストセラーだけが本である』ほか著書多数。
『セゾン文化は何を夢見た』(朝日新聞出版)9月発売予定
― 名作映画&小説[ザックリ解説]大賞【9】 ―
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