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アルピニスト野口健が語る「富士山登山鉄道構想」

野口健公式ウェブサイト

野口健公式ウェブサイトより

 昨年6月の世界文化遺産登録決定でこの流れは一層加速するかに見えたのだが、先頃発表された、今年度7月1日~8月31日までの山梨県側(富士吉田口)から6合目を通過した富士山登山者の数は、実に7年ぶりに減少。トータルで20万人の大台を大きく割り込み、前年比5万6200人減の17万6454人だったという。  そんな状況を肯定的に捉えているのは、アルピニストの野口健だ。野口といえば、富士山に不法投棄された大量のゴミ問題を逸早く世に発信し、自ら陣頭に立って「清掃登山」を行う姿がたびたび報じられてきた登山家だが、先ごろ上梓したばかりの新著『世界遺産にされて富士山は泣いている』(PHP新書)の中でも、この富士山を取り巻く問題の本質を鋭くえぐり出している。 ⇒【前編】「富士山の登山者が少なくなってよかった」
https://nikkan-spa.jp/709409
◆“宿題”ができなかったら世界遺産登録取り消しも?  富士山の世界文化遺産登録にはいくつもの「条件」が突きつけられている。“宿題”を課したのはICOMOS(イコモス=国際記念物遺跡会議)。世界遺産登録を事前に審査するユネスコの付属機関で、「富士五湖畔の建築物、動力船、ジェットスキー、不適切な駐車」「白糸の滝の店舗や売店」「7、8月の登山道へ向かう自家用車」……など、“宿題”の中身は多岐にわたるが、登録決定時に、こうした注文をつけられた世界遺産は過去例がない。つまり、富士山の登録決定そのものが「異例中の異例」と言わざるを得ないということだ。“宿題”の提出期限は1年半後の2016年2月1日。この日までに環境や景観の問題への対策を講じた「保全状況報告書」を出さなければならないという。 「世界遺産には通常6年に1回のペースでICOMOSから調査が入るのですが、富士山は3年に1回。つまり『仮免許』の状況です。にもかかわらず、一向に対策を講じられないでいる……。昨年から導入された任意の入山料にしても、登録が決まってから慌てて実施を決めたに過ぎない。だから、徴収した入山料をどんな目的で使うかさえ決まっておらず、ついこの間まではそのまま全額プールされていたのです。富士山はかつて世界自然遺産の登録を目指しており、その時期を含めると、実に20年の歳月をかけて世界文化遺産への登録を果たしたわけですが、この間、数えきれないほど会議を繰り返していたのに実質的にはほとんど何もやってこなかった。それをICOMOSに見抜かれたのでしょう。そんな仮免での遺産登録だというのに、1年以上経っても問題は放置されたまま……。このままでは遺産の登録取り消しも十分考えられます」  実は、世界遺産の登録抹消は珍しいことではない。近年でも、’07年にはオマーンのアラビアオリックスの保護区が、石油の資源開発を優先させるため登録取り消しを申し出て認められた。’09年にはドイツのドレスデン・エルベ渓谷が、谷の中心部に橋を架けたために抹消の憂き目に遭っている……。 「エルベ渓谷の場合、市民が渋滞解消のためにつくった橋をICOMOSが頑として認めなかったという流れです。できあがった橋を見ると、ちゃんと景観にも配慮したデザインだったのに、結果、登録抹消という措置が取られた。ただ、これには『ICOMOS側が見せしめとして行ったのではないか?』という見方もある。すでに世界遺産は1000を超えており、安易に増やすと文化遺産そのものの権威が落ちると考えていたICOMOSが、環境意識も高く、財政的にも安定しているドイツを狙い撃ちにしたという構図です。つまり、我々はドイツであろうとも登録を取り消すこともあるんだぞ! というメッセージを発することで文化遺産のブランド価値を高めたということです。ただ、このエルベ渓谷のケースを、富士山の条件付き登録と重ねて見る関係者はことのほか多く、実際に現地を視察した人はドレスデンの市職員に『私たちと同じように、富士山も狙い撃ちされるかもしれない』と言われたといいます。さらに、富士山の登録は1992年に世界遺産登録の暫定リスト入りした鎌倉とのバーターだったという話もある……。もともと古都・鎌倉の遺産登録は政府が言い出したものだったが、関係者の長年の努力にもかかわらず、登録の可能性はかなり低かった。そこで、『富士山は登録してやるから鎌倉は諦めろ』と、生贄になった格好です。そんな紆余曲折を経て登録が叶った富士山自体も、多くの関係者によれば『今回の登録は、震災に襲われた日本にエールを送る意味合いもあった』と聞きます。富士山の登録は、余裕で合格したわけではなく、当落線上ギリギリのところ、下駄を履かせてもらって何とか合格したようなものなのです。ところが、今に至っても何ら具体的な対策を打っていない。このままでは、登録抹消だけでなく『危機遺産リスト』入りしてしまう可能性すらある……」 「危機遺産リスト」とは、自然災害や紛争、開発などの人災により世界遺産としての「顕著な普遍的価値」が深刻な危機に瀕している世界遺産のこと。自然環境などの深刻な悪化、文化的意義の重大な喪失、保存政策の欠如などを理由にリスト入りしたケースは多々ある。つまり、「危機遺産リスト」に入るということは、日本には世界遺産を独自に守っていくだけの能力がないとみなされているのと同じことなのだ。  ただ、野口はこの状況を悲観しているだけではない。むしろひとつの好機と捉えている。例えば、著書『世界遺産にされて富士山は泣いている』のなかでも1章まるまる使い、提言している秘策として「富士山登山鉄道構想」がある。最後に、その秘策について野口に語ってもらった。 「登山鉄道とは高山地帯を走る鉄道のことで、世界的にはスイスのマッターホルンのふもとであるツェルマットにいたるマッターホルン・ゴッダルド鉄道が有名です。鉄道の場合は電車の定員が決まっているため、入山者を管理しやすいのです。ダイヤ本数や料金の設定によって、事実上の入山規制が可能になる。富士山は、年間3000万人の利用者がいると言われている。『人集め』ではなく、『人の制限』が最大の課題なのです。例えば、今は基本的に夏場だけがシーズンだが、富士山の四季折々を1年中楽しめるようになる。5合目から下のエリアの楽しみ方も広がる。スイスの登山鉄道は、ほとんどの鉄道の傍らに遊歩道が併設されており、行きは登山電車の旅を楽しんだ乗客の多くが、帰りは歩いている。疲れたら、途中の駅からまた電車に乗ればいいのです。富士山の5合目から上は、背の高い樹木はほとんどなく、岩や砂利ばかり。樹木や草花など、植生を楽しめるのは5合目から下なのです。しかし今はみんな5合目まで車で行き、登山者はそこから登っています。観光客はレストハウスなどで食事をして、お土産を買って、富士山を背にした写真を撮っておしまい。富士山の山としての自然を味わう入山者はほとんどいないんですね。5合目までの登山鉄道は、新たな富士山の楽しみ方を提供するし、さらに人の分散効果も期待できると思います」  懸案となっている保全状況報告書の提出期限は「2016年2月1日」。1年半という長い“夏休み”の期間中に、私たち日本人は宿題を片付けられるのか……? <取材・文/山崎 元(本誌)>
世界遺産にされて富士山は泣いている

美しい「日本の象徴」でいま起こっていることは、日本社会が抱える問題そのものだ!

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