アルピニスト野口健「富士山の登山者が少なくなってよかった」
“山ガール”なるアウトドア志向の女子たちが古臭い山登りのイメージを変え、シニア世代の登山ブームや外国人観光客の増加も手伝って、ここ数年来、富士山の登山道は7~8月のシーズンになると、山の頂まで長蛇の列が続く異様な光景となっていた。
昨年6月の世界文化遺産登録決定でこの流れは一層加速するかに見えたのだが、先頃発表された、今年度7月1日~8月31日までの山梨県側(富士吉田口)から6合目を通過した登山者の数は、実に7年ぶりに減少。トータルで20万人の大台を大きく割り込み、前年比5万6200人減の17万6454人だったという。
連休中に悪天候が重なったことや、混雑緩和と安全確保の面から富士スバルラインのマイカー規制を期間延長したことも原因のようだが、地元観光業者の中には「売り上げに影響が出る」と危ぶむ声もあり、ここにきて長らく続いてきた“富士山ブーム”に翳りが出てきた格好だ。
「いや、むしろ登山者が少なくなって僕はよかったと思っています。そもそも、昨年の富士山の世界文化遺産登録はあくまで『条件付き』の決定で、私たちにはいくつもの“宿題”が課せられているのです。マイカー規制がある程度効果があったことはよかったとして、まだまだクリアしなければならない問題は山積しているのです」
にべもなくそう一刀両断するのは、アルピニストの野口健だ。野口といえば、富士山に不法投棄された大量のゴミ問題を逸早く世に発信し、自ら陣頭に立って「清掃登山」を行う姿がたびたび報じられてきた登山家だが、先ごろ上梓したばかりの新著『世界遺産にされて富士山は泣いている』(PHP新書)の中でも、この富士山を取り巻く問題の本質を鋭くえぐり出している。
「私たち日本人は富士山に慣れ親しんで生きてきた歴史があるわけですが、じゃあ、一体どれだけ富士山のことを理解しているのかと言えば、むしろ、ほとんどが知らないことばかりです。登山者が生み出すゴミやすでに処理能力の限界を超えたトイレなど、富士山が抱えるのは環境問題と思われがちですが、実はもっと根深いところに本質はある。富士山が静岡と山梨の両県に跨っていることで前に進まない問題もあれば、山小屋に象徴される既得権益や、縄張り争いに血道をあげるステークホルダー(利害関係者)もいる。8合目から上は富士山本宮浅間大社が所有する私有地なので環境省は限られたことしかできず、責任の所在も曖昧……。今回の世界遺産登録にしても、登録までは文化庁が音頭を取って進めていたのですが、その先にある環境整備までは手が回らない状況なのです」
問題の本質がどこにあるか見極めようとしたとき、そのとば口となるのが静岡側と山梨側で異なる「山開きの日」だ。今年の山開きは、山梨県側が7月1日だったのに対し、静岡県側は7月10日。利害関係者にとっては、この差が「死活的と言っていいほど大きい」と野口は言う。
「地元観光業界や山小屋関係者の目線で語るなら、シーズンはわずか2か月しかないため集中的にガッポリ儲けるには、少しでも山開きを早くしてほしいわけです。これは自治体も同じで、静岡県と山梨県のそれぞれの目線で見ると、静岡の税収は山梨の4倍以上もあり、富士山でそこまで稼ごうとは思っていない。片や財政面で静岡に劣る山梨は、かき入れ時は1日でも多く稼ぎたいという思いがあるわけです。実際、静岡に比べて山梨側の登山口を利用する登山者のほうが圧倒的に多いですしね。しかも、そこには当然多くの利権が生まれる……。山梨選出で副首相まで務めた故・金丸信氏の息のかかった地元ベテラン県議が、違法建築に手を染めて騒動になったこともありましたが、こうした負の部分を、地元の人は誰も話したがらない。山梨には富士山にまつわるタブーが驚くほど存在するのです」
山梨を名指しで批判する姿から意外に思えるかもしれないが、野口はその批判の当事者である山梨県の観光大使を務めている。つまり、野口自身が「関係者」の一人でありながら、これまでタブーとされてきた富士山が抱える数々の闇に深く斬り込んでいるのだ。
骨太のジャーナリスト顔負けの取材姿勢にはアタマが下がる思いだが、本を読み進めていくと、彼が富士山を心底愛しているからこそ自ら憎まれ役を買って声を上げていることに気付かされる。
⇒【後編】『野口健が語る「富士山登山鉄道構想」』に続く
https://nikkan-spa.jp/709815 <取材・文/山崎 元(本誌)>
https://nikkan-spa.jp/709815 <取材・文/山崎 元(本誌)>
『世界遺産にされて富士山は泣いている』 美しい「日本の象徴」でいま起こっていることは、日本社会が抱える問題そのものだ! |
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